第21話 美しいオーラ

「何か聞こえないか?」


そう考えているとサムが声を発した。

周囲は喧騒にあふれている。音ならいくらでも聞こえるが……。

サムは静かにと一刺し指を立て、口にあてた。


「……めて!」


僅かに聞こえたのは若い女性の声。


「トラブルみたいだな。」


サムは嬉しそうに笑い、声がしたほうに駆け出した。


「ちょ、サム! 護衛がトラブルに突っ込んでどうする!?」


「ダン、行こう!」


女性が助けを求めているならば行くべきだろう。


「はぁ~、仕方ないですね。私たちより前に出ないでくださいね。」


サムを追って僕らも駆け出した。

大通りから小さな路地へ入る。

次第に声がはっきりとしてくる。


「だ、だれか助けて!」


これは急がないと!


「何をしている!」


サムが誰何する。なんとかサムに追いつくことができた。

さっと見たところ、女の子が男達に囲まれ腕を掴まれている。

男達が女の子を攫おうとしているのか、女の子が何か悪さをして男達に捕まったのか。

より正しく状況を理解するために加護の【生命の瞳】を使う。

男達を黒いオーラと濁った濃いピンク色のオーラが包んでいるのが見える。

黒いオーラは他者に対し害意を抱いている場合に多く見える。

濁った濃いピンク色は色欲だ。

女の子が悪さをして捕まっているのならば怒りの色である赤が見えるはずだがそれがない。

……状況はだいたい分かったな。


「お前たち、その汚い手を可愛い子ちゃんから離しな。」


サムはこの場を見ただけで正しく状況を理解したようだ。

僕は加護に頼りすぎる。

加護を使わなくともその場の状況、相手の考えを正しく読み取れるようにならないと。


「しゃしゃってんじゃねぇぞ! こら! すっこんでろ!」


「もう一度だけ忠告してやろう。……さっさと離せ!」


僕らが着ているマントには騎士の紋章がついている。

それに気が付かない……、相手の身分を確認する習慣がないみたいだね。

そうなると貴族関係者じゃないな。

サムはそこを確かめるためにわざと挑発したのかもしれない。

……半分は自分の趣味だろうけど。


「けッ、カッコつけが。ケガしねぇとわからねぇみてぇだな。」


挑発に相手が乗ってきた。

加護を発動させたままだったのでサムのオーラも良く見える。

サムはその普段の態度から愛多き情熱的な人と思われがちだが実は違う。

基本の色は冷静を表す青。

サムは常に冷静だ。感情があまり揺れ動かない。

僕はその冷静さが逆に心配になる。女性に愛を語るときですら内面は冷静なのだ。

何をするにも内面は冷静で冷めているサム。

それを表に出さないけど、それがより一層僕を不安にさせる。

彼が危険を返り見ない行動をする理由、刹那的な享楽を求め、自ら危険な場に出ようとしているように見えてしまうのだ。


「死ねや! こら!」


男の動きは雑だ。

騎士団でトップの実力を誇るサムとやり合うには実力差があり過ぎる

あっと言う間にサムにのされてしまった。


「なんだ、ただのごろつきか。期待外れだな。」


サムに落胆したのかオーラが僅かに濁る。


「やろう……! 調子に乗るなよ!」


次の男もナイフを手にしているものの動きが雑だ。

これはまた、サムを落胆させてしまうのだろうか?


「どりゃ!」


男は気が付くとナイフを持ち替えていた。

何時の間に持ち替えたのだろう。

このような技は騎士団の演習で見ることが出来ない。


「死ね!」


そして先程とは比べ物にならないくらいの鋭い突きを放って見せた。


「ふふふ、なかなかやるじゃないか!」


これには喜色を浮かべるサム。

オーラを見ると僅かに赤みがさしている。


「これがあるからストリートファイトはやめられないな。」


サムはこのような奇をてらった攻撃や予想外の実力者を好む。

……こういう危険な行為以外でサムが興味を示してくれるものがあると良いのだけど。


「遊びすぎだ。サム。」


ダンもサムのことは理解しているものの、彼の立場では苦言を挺せざるおえないのだろう。


「じょ、ジョンがやられた!」


彼らの中で先程の男が一番の実力者であったのだろう。

それがあっさりと倒されたものだから浮足だっているようだ。


「おめぇら!こんなことをしてただで済むと思っているのか!」

「そ、そうだ。俺はさる高貴な方に頼まれたツボをこっちのお嬢ちゃんに割られただけだ。被害者なんだぞ!」


「ツボ?」


うん? 女の子の方が彼らを害したようなオーラの状態ではなかったけど?


「こ、これだ! このツボをこのお嬢ちゃんが割っちまったんだ。お前らには関係ない話だろうが!」


「ほう……、見せてみろ」


ダンはささっと近寄って箱を開け放ち、中身を確認した。


「なんだこれは? ただの安い素焼きのツボにあとからゴテゴテと色を塗った食っただけじゃないか。塗料も安物……こんなものはせいぜい銀貨1枚が関の山だろう。」


「銀貨1枚!? えぇ! 金貨50枚はするって」


女の子が驚きの声を上げた。


「なるほど、そうやってこちらのお嬢さんをかどわかそうとしたわけか。」


ダンも勘違いされがちだが、冷静そうな見かけに反し激情家だ。

こういった不埒な行為は見逃せない。

オーラにも怒りの赤がありありと出ている。


「い、言いがかりだ!」

「お前たちには関係ないだろう! 衛兵を呼ぶぞ!」


衛兵か、それはよくない。衛兵は視察が入っていることは知っているが誰が来ているかまで明らかにされていない。


「君たち、これが見えないのかい?」


マントの留め金に使われている紋章をみて、男たちの顔が驚愕にゆがむ。


「そ、それは騎士の紋章!!?」

「なんで騎士がこんなところに!」


まぁ確かに騎士は魔物の討伐か、要所の警備が仕事でこんな下町まで来ないけどね。


「衛兵は不要だよ。僕らには君達がそこの女の子をかどわかしているように見えるけど……、どちらが正しいか詰所で話しを聞かせてもらえないかな?」


騎士団なら僕たちの事も知っている。

引き渡しもスムーズに行えるだろう。

相手の言い分もしっかりと確認する必要もあるし、詰所に御同行願いたいところだ。


「に、逃げろ!」


残った男達はなんと女の子を僕の方へ付き飛ばして逃げ出した。


「うわわわっ!」


「おっと」


僕は女の子が転ばないようしっかりと受けとめた。


「ありがとう! ……ございます……。」


怪我がないか女の子へ意識を向ける。

大きな荷物を背負っている。

おそらく出稼ぎの子だろう。

荷をまだ降していない所を見るとすぐに悪いやつらに目をつけられたのだろう。

可哀そうに。


「大丈夫かい?」


女の子と目が合う。

フードの中を見られてしまっただろうけど、王都以外で僕の顔を知っている人は少ない。

多分、問題ないだろう。


……加護を使いっぱなしなのを忘れていた。

女性のオーラは極力見ないようにしている。


以前、王城でのパーティで僕を囲う女性陣に加護を使ったことがある。

その時はまだ加護を得たばかりで迂闊な事ばかりしていた……。

目の前を締めたのは濁った恋ピンク色、淀んだ紫色、暗く汚れた色々。

美しく着飾った女性たちの余りにもかけ離れた色を見せられた僕は体調を崩してしまったほどだ。


強すぎる好意、色欲、自己顕示欲、相手を蹴落とそう周囲を威嚇する感情。


それらを向けられていることは知っていたが色としてはっきりと見てしまったことで、僕は女性がすっかり苦手になっていた。

それ以来、女性のオーラは特に見ないようにしていたのだけど……。

うっかり見てしまったものは仕方がない。

この子がどのような感情を浮かべたとしてもなるべく見なかったことにして流すとしよう。


しかし、女の子のオーラは僕の予想したものと違っていた。

白い色。真綿のような暖かい白いオーラ。そこに薄く親愛の明るい黄色が混じっている。

白い色のオーラを見るのは初めてだ。

どんな感情を意味しているかはわからない。

ただ、不快な印象は一切感じない。

……寧ろ……なんて美しく、落ち着く色なんだろう。


彼女のオーラの色はサムやダンを見ても変化がなかった。

宮中の女性ならば二人を見ると邪な色が入ることが多いのに。

いや、僅かに喜びの色が見える。しかし、それも危険なところを助けられたところから来るものだろう。


サムとダンが女の子へ男たちが当たり屋であったことを説明している。

ダンが女の子へ注意を促し、踏み込んだ身内の話まで聞いてしまった。

どうやらご両親は他界されているようだ。

それならば一人で生活しなければならないだろう。

ダンはぶしつけな質問のお詫びとして丁寧な地図を書いてあげるようだ。


この美しいオーラの女性のために僕も……


「それなら我々で送って「エド、この犯人を引き渡さなくては。」……、えっと、サムに送「護衛がエドから離れるわけには行きません。」……。」


ダンにより僕の提案は拒否されてしまった。

しかし、この白く美しいオーラを持つ女性を護衛も無しに一人歩かせるのはいかがなものだろうか?


「うーん、では、そうだ。これを君にあげよう。」


「エド、それは「いや、ダン、このお嬢ちゃんには必要な品だと思うぞ。」……まぁ、そうだな。」


ダン、君が僕のために作ってくれたものを他の人に上げてしまうのは申し訳なく思う。

サムも言うようにこの身寄りのない美しいオーラの女性が生きていくにはこの指輪が必要だろう。

あとでキチンと詫びるとしよう。


「えっと、これは?」


「これはね、認識阻害の魔法がかかっている魔道具だよ。」


「ま、魔道具!? そんな高価なもの頂けません!」

                    

確かに、見知らぬ男性が高額な品を送るのはマナー違反だろう。

そして当たり屋にあったばかりの女性がいきなり高額な品を男性からプレゼントされると言われたら身構えるのも仕方がない。

とは言え、送っていけない以上、これを受け取ってもらわねば。


「まぁまぁ、僕たちは君を送っていけない。だけど、このまま君を一人で行かせるのも騎士の沽券にかかわる。折衷案ってわけさ。僕のためにも受け取ってくれないかい?」


「は、はぁ。」


多少強引になってしまったがなんとか受け取ってもらえた。

指輪の説明をし、早速つけてもらい効果のほどを確認する。

……僕の加護はオーラを直接見れるから意味が無いようだ。

ダンは彼女のことを上手く認識できていないようなので効果は出ているのだろう。


「気を付けて」


「ありがとうございます!」


彼女を見送り、当たり屋たちを捕縛していく。


「……偉くおっぱいの大きな子だったな。」


「うん……、って何を言ってるんだ!」


作業をしながらボソッとつぶやいたサムの言葉にダンが反応する。


「事実だろ? ダンだってしっかり見てたじゃないか。このムッツリめ。」


「いや、あれは……つい目が行ってしまって……」


ダンをやり込めて満足したサムが僕へ向かって言った。


「女嫌いなエドも珍しく優しかったな。やっぱりおっぱいか?」


「おっぱいって。僕はそういった誘惑に対して俯瞰して状況を確認する訓練を受けているから。」


ハニートラップに引っかかって国を傾けるわけにもいかないからね。

女性関係で国がほろんだ例はいくつもある。

それに王太子という立場もあって女性から誘惑される事は多い。胸元を協調するドレスや転んだフリをして押し当てるように迫ってくることもある。


「それに僕は別に女性が嫌いなわけじゃないよ。強すぎる好意を向けられるのが苦手なんだ。」


「ははは、女は怖いからな。」


サムはおかしそうに笑った。


「あの子は違ったか?」


相変わらず鋭いな。


「そうだね。僕の顔を見ても邪な色がなくて、暖かくて……そう……とても綺麗だったんだ。」


僕の言葉にサムとダンは顔を見合わせ、コソコソと話始めた。


「……平民と王太子って結婚できるのか?」

「いや、流石に無理がある。どこか位の高い貴族の養子になれば……」

「それはそれで問題が大きそうだな。」

「どこの家が最適か調査してみるよ。」


僕が嫌悪を抱かなかった女性がそこまで珍しかっただろうか。

僕が女性に苦手意識を強く持っているのは、国の問題でもある。

何時まで経っても世継ぎが生まれないからね。

僕は戦場に行くことが決まっているからなおのことだろう。


僕には一応、婚約者はいるが、その婚約者もあまり結婚に乗り気ではない。

そこに甘えて長々と引っ張ってしまっている。

彼女の場合、僕に興味が無く、皇太子妃という立場にも興味が無い。

そちらはそちらで問題があるのだけど。


僕が結婚に前向きになれる女性なら誰でも良い……というのは言い過ぎだろうけどそういった雰囲気はあるのも事実だ。


(嫌悪感を抱かなかったからと言って好きというわけでも無いのだけど……。)


ただ、あの暖かく綺麗なオーラはまた見たいな。


そんな未来のためにも、目の前の魔族との戦争を乗り切れるよう頑張るとしよう。


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