第8話 逃げなきゃ!


バターン!


大きな音を立てて扉が開いた。

私の手を掴み上げていた村長さんが、慌てて入口を見る。

そこに立っていたのは。


「震えるエステルを連れて歩いていたと聞いて、まさかと思い来てみれば……」


村長さんの奥さんが、怖い顔をして村長さんを睨んでいた。


「こ、これはじゃな、あー、えーっと」


たじろぐ村長さんに、奥さんはずんずんと近づいていく。


「言い訳なんて聞きたかないよ! この忙しい時期に何をやっているんだい!」


奥さんは村長さんの額がくっつくほどに顔を近づけ、睨みつけた。


「そ、そのじゃな……」


奥さんの圧力に押され、村長さんはびくびくしている。


「さっさと仕事に戻りな!」


奥さんは大声と共に村長さんを付き飛ばし、お尻を思いっきり蹴り上げた。


「は、はい!」


村長さんは飛び上がりながら返事をし、走り去っていった。


いきなりの展開に、私は呆然としていた。

誰かが入ってくるなんて思ってもみなかったから、驚いた。

……だけど、助かった。

奥さんが助けてくれた? いつも顔を見る度、私を睨みつけていた、あの奥さんが?

嫌われているのだと思っていた。それは私の思い違いだったのだろうか。


と、とにかくまず、お礼を言わなきゃ!


「お、奥さん! ありが――」


バシィン!!


(え?)


私が言おうとした感謝の言葉は遮られ、思いっきり頬を叩かれていた。


「このあばずれが!! 人の旦那に色目遣ってんじゃないよ!!」


奥さんはそれだけ言って、足早に出て行った。


「――何で?」


助けてくれたんじゃないの?

私を心配してくれたんじゃないの?


「……何で、私が叩かれなきゃいけないのよ!!」


私は何もしていない!!

私は色目なんか遣っていない! たぶらかしてなんかいない!!

私は興奮しているわけじゃない!!


(こんな怖い目にあって、どうして叩かれて、怒られなきゃいけないの?)


私はその場に膝をつき、絶望に打ちひしがれていた。


いつまでそうしていただろうか?

気が付けばとっくに日は暮れ、暗闇に包まれていた。

開け放していた窓から、僅かに星明りが入ってくるだけだ。


「……逃げなきゃ」


そうだ。逃げなければ。

この村に、私を助けてくれる人は誰もいない。

ロブも村長さんも、私を狙っている。

こうなってしまった以上、今後は村長さんの援助も期待できないだろう。

こんな状況で、村の人たちに私の加護を知られたら……家畜のような扱いを受けることになるかもしれない。


「早く、逃げなきゃ!」


一刻の猶予もない。

次は誰に襲われるか分からない。

加護が知られてしまってからでは、逃げる機会はもうないだろう。


「……でも、どこに?」


私には行く当てなんて……あ! 


(叔母さん……)


そうだ、叔母がいた。魔法使いになったという叔母が。

今や、頼れる人は叔母しかいない。

デリグラッセの街に住んでいると聞いている。あそこに行くには……確か、隣村から乗り合い馬車が出ていた。

そこまで逃げ切れば、何とかなる!


私は読み書きと計算ができる。

教えてくれたお父さんが以前、「それだけできれば、街で代筆などの仕事がある」と感心してくれたのを思い出した。

それが本当なら、仮に叔母に受け入れてもらえなくても、一人でやっていける筈だ。


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