第7話 立場による暴力


「チッ! 村長か」


忌々しそうに舌打ちをしたロブが、私を村長さんから隠すような位置に立つ。


「ちょっとエステルの加護を調べてやろうと思ってね」


「ワシには強引に連れ回しているようにしか見えんがな」


村長さんは険しい表情で指摘するが、ロブは意に介さない。


「そんなことはないさ。俺とエステルは恋人同士だからな」


「恋人同士? そんなのは初めて聞いたぞ。……エステル、ロブはこう言っとるが、本当なのかね?」


村長さんが私へ聞いてきた。

強張った喉を必死に動かし、声を出した。


「ち、違う。ロブとは恋人なんかじゃない!」


私が叫ぶと、ロブは掴んでいた私の腕に力を込めながら、凄い眼で睨んできた。


「ひッ!」


恐怖に思わず喉が鳴る。


「エステルは違うと言っている。さぁ、手を離しなさい」


「……チッ!」


ロブはもう一度舌打ちをして、手を離した。


「……邪魔が入ったが、次はじっくり調べてやるよ」


耳元で囁かれたその言葉に、私は寒気を覚えて身を震わせた。

ロブはそんな私を一瞥し、にやりと笑って立ち去った。その後ろ姿が見えなくなってから、村長さんが息を吐いた。


「危なかったの……大丈夫か?」


「は、はい……何とか」


恐怖が体を巡り、膝ががくがくと震えているのを感じる。


「震えておるな。家まで送ろう」


「……はい……すみません。……お願いします」


帰りにロブに待ち伏せでもされていたら、今度こそ何をされるか分からない。

村長さんの申し出をありがたく受け取ることにして、家へと急いだ。




家にたどり着く頃には気持ちが少し落ち着いたようで、足の震えも治まっていた。

村長さんにお茶を出して、お礼を言う。椅子に掛けた村長さんが、心配そうに口を開いた。


「ところでエステルや。おぬしの加護については、何か分かったかの?」


聞かれたくないことを話題に出され、思わず私はビクッと震えた。


「え? か、加護ですか?」


「うむ、おぬしが加護を授かったとき、神像はまばゆく輝いた。あれは強い加護を授かったときにあらわれる現象だと、司祭様はおっしゃっておられたのでな」


「強い、加護?」


「あのように光るのは……そう、魔法系の加護を授かった時などにも見られるそうじゃ」


魔法系? 確かにあの傷の治り方はまるで、魔法の薬のようだった。……母乳だけど。

ああ、もう……母乳じゃなくて、手のひらから癒しの水が湧き出てくる、とかだったら素敵だったのに。

なんで母乳……ありがたみが半減以下だよ……。


「ソウナンデスカー……」


踏み込んだ話になり、つい棒読みのように答えてしまった。いけないいけない。

案じてくれている村長さんには、母乳の件を打ち明けてもいいかも、とも思う。

だけど、その後どうなるのだろう。頼み込めば、秘密にしてもらえるだろうか……でも、もしその秘密が村の人に――ロブに漏れてしまったら?

そう考え出すと、踏ん切りがつかない。


「エステルよ。わしは村長として、皆の加護を把握しておく義務があるんじゃよ」


「そうですよね……それは理解しています」


誰がどんな加護を持っているか把握しておけば、村で何か大きな仕事をするときも指示を出しやすい。村長さんの仕事を手伝っていれば、それくらいすぐに理解できる。


「うむ。村長としての義務なんじゃ、仕方ないんじゃ」


……あれ……?

気のせいかな……ちょっと、村長さんの様子が……。


「おぬし自身が分からぬと言うなら、調べるしかないのぅ」


「あの、調べるといっても、私もどうしたらいいか……」


なんだろう? 好々爺然とした笑顔が、今は妙に気味悪く感じる。


「おぬしの加護は【癒しの母乳】。となれば……乳房をよぉく調べてみれば分かることもあるじゃろう。どれ、エステルよ、服を脱ぎなさい」


「……え?」


村長さんが、服を脱げって言ったような。

いつも私を助けてくれている村長さんが? 

私がこの村で唯一、信じられる人が。

大人の人が。

他の男性のように、胸をじろじろ見てこない村長さんが。

そんなこと、言うわけが……。


「先ほどは危なかった……ずっと手間をかけて育ててきた果実を横取りされるところじゃった。ロブにはきつく言っておく必要があるのぅ」


「え、あの?」


「エステル、食料を融通してやっているのは誰じゃ? 村で仕事を割り当ててやっているのは誰じゃ?」


「そ、それは、……村長さん、です」


「そうじゃ、この村でお前が生きてこられたのも、ワシのおかげというわけじゃ」


「……はい」


「これから生きていくにも、ワシからの援助が必要じゃろう?」


「――ッ!」


そうだ。村長さんに助けてもらわなければ、私は生活が成り立たない。


「あとは、言わんでも分かるじゃろう? エステルは賢いからのぅ。」


いつも助かっている――村長さんに言われたあの言葉は、嘘だったのだろうか?

こんな私でも、必要とされていたのが嬉しかった。だけど。

私は最初から、ずっと、そういう眼で見られていた……ということなのだろうか?


「ほれ、服を脱がんか」


騙されていた! 裏切られた!

私には味方なんていなかったんだ。

信じられる人なんて……この村には誰もいなかったんだ。


「何をしている。さっさとせんか!」


焦れた村長さんが椅子から立ち、大声を上げる。

私の知っている村長さんではない。

だけど私が知らなかっただけで、これが本当の村長さんなのだろう。

いい人だと信じていた己の愚かさに絶望し、頬が濡れるのを感じていた。


<あとがき>

エステルのステータス

Lv    1

職業  聖女

HP   8/10

MP   25/136

力    2

素早さ  2

体力   2

器用さ  3

魔力   105


村長のステータス

Lv    5

職業  村長

HP   23/23

MP   0/0

力    6

素早さ  5

体力   5

器用さ  11

魔力   0

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