第6話  女の非力さ


……素晴らしい加護ではあるけど、それでもやっぱり、皆に知られるわけにはいかない。

昨日の母乳は、こっそり自分で使っていこう。

器に出してそのままになっていた母乳を瓶に詰め替え、棚にしまった。


「……ばれないように気を付けないと」


今は母乳の出は落ち着いている。滲んでもいない。でも昨日みたいに、何かの拍子で出てくるかもしれない。

服がびしょ濡れになってしまうのは困るので、ひとまず乳首に布を多めに当てておくことにする。

どばどば溢れてきたらあまり意味はないだろうけど、今はそれくらいしか、対策をとれない。


(できれば、家から出ないで過ごしたいけど……)


そういうわけにもいかない。村長さんがあてがってくれた仕事――書類の整理だったり、手紙の代筆など――をしなければいけないのだ。


村長さんに挨拶すると、今日は村共有の倉庫へ向かうよう指示された。共有物品の管理台帳を書き直すためだ。

昨日のことが噂になっているのか、道すがらも、作業の合間も、いつも以上に視線を感じる。

……気のせいであってほしい。


仕事を終えて帰る途中、またもロブに会ってしまった。


「よう、エステル! 妙な加護を授かったそうじゃないか」


「えぇ……まぁ……」


「【癒しの母乳】だったか? どんな加護なんだ?」


げッ! 聞かれたくないことをいきなり聞かれてしまった。

ロブにだけは母乳のことを絶対に知られたくない!

どうにかして誤魔化さないと。


「えっと、どんなと言われても……私もよく分からなくて」


ちょっとわざとらしかっただろうか。でも、咄嗟の事で他に浮かばなかったし……


「へえ、分からないのか。……なんなら俺が調べてやろうか?」


「え?」


ロブが突然、私の腕をぐいと引いた。


「すぐそこに猟師小屋がある。誰も来ないから、じっくり調べてやるよ。」


「え? だ、大丈夫、自分で調べるから!」


「遠慮すんなよ? 俺とお前の仲だろう?」


「遠慮なんかじゃ――え、私とロブの仲って?」


ロブが何を言っているのか、さっぱり分からない。

私とロブが何の仲だっていうの!?


「あぁ、恋人同士、遠慮なんてすることはないさ。」


「こ、恋人!?」


いったいいつ、私とロブが恋人同士になったの!!?

どうしてロブがそんな突拍子もない事を言い出したのか理解できず、掴まれた腕を反射的に抜こうとした。だが――


「――いいから来いよ!」


舌打ちしたロブの上げた荒々しい声に、びくっと体が震える。

男の人の怒鳴り声って、何故だろう、本当に嫌な感じがする。

震えた私を見て、ロブは満足した表情を浮かべて歩き始めた。

戸惑っている間にも、ぐいぐいと腕を引っ張られ進んでいく。

引っ張られないよう渾身の力を込めてみた。それなのに、あっさりと引き摺られてしまう。


(ふ、振りほどけない!?)


自分の自由が、こうも簡単に奪われてしまうなんて。


―――― 怖い


これだけ力が違うと、私がどれだけ抵抗したって、あっと言う間に組み伏せられてしまうことだろう。私を掴む、ロブのたくましい腕を見る。

もし、激しく抵抗したら……この腕で、拳で、殴られるかもしれない。


「ッ……――!」


あまりの恐怖に声が出ない。

身は竦むばかりで、思うように動いてくれない。

抵抗しなければいけないのは分かっている。けど、振りほどけない。


――殴られる、怖い、嫌!!


恐怖で頭が支配される。目の前が真っ暗になって、考えがまとまらない。

その間にも、ロブに連れられてどんどん進んでいく。


(何とかしなきゃ!)


分かっているのに、気持ちは焦るばかりで、何も思い浮かばない。


引き摺られるような私の足取りに流石のロブも訝しんだのか、振り返ってこちらを見た。

苛ついていた表情は、私の胸を見るなり……ひどくおぞましい、寒気を感じる笑みに変わった。


「何だ。嫌がっているような振りをして、喜んでいるじゃないか」


「――え?」


混乱した。ロブの言動についていけない。

どこをどう見たら喜んでいるというのか。


「女は興奮すると母乳が出るんだろう? 胸に染みができているぞ?」


「え!? こ、これは違ッ……!」


気付かなかった。胸の……乳首のあたりにそれぞれ、はっきりと染みができていた。

どうして急に母乳が出たかは分からない……けど、少なくとも私は、喜んでなんかいない。


そもそも、興奮したら母乳が出るなんて、初めて聞いた。

女の私だって聞いたことがないのに、ロブはいったいどこでそんなことを知ったんだろう?


「親父たちがそんなことを話しているのを、聞いたことがあるんだ。」


(何それ……じゃあ私、興奮しているの?)


私のまだ知らない世界の話なのかもしれない。それこそが正しいんだと言われたら、否定できるだけのものを持っていない。だけど。


(――興奮なんかしてないのは、私が一番よく知っている……これはただ、すごく、怖いだけ……)


だってどう考えても、興奮する要素が見つからない。


「ほら、もうすぐだ」


にやにやといやらしく笑ったロブにまた腕を引っ張られ、引き摺られる。


(駄目だ……)


私の力ではもう、抵抗できない。しても意味がない。

もう私には、これから行われることを想像し、恐怖する事ぐらいしかできない。


(誰か……助けて……)


諦めかけていたところに、横合いから声がかかった。


「何をしておる!」


顔を上げると、そこにいたのは村長さんだった。




<あとがき>

エステルのステータス

Lv    1

職業  聖女

HP   8/10

MP   71/136

力    2

素早さ  2

体力   2

器用さ  3

魔力   105

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