第4話 癒しの母乳

司祭様の宣言後、今まで以上に男性陣の視線が胸に集中している気がして耐え切れず、逃げるように家に帰ってきてしまった。


加護を得た後のことは、うっすらとはいえ、多少は想像していた。

農業系の加護だったら畑で活躍できるようになるな、とか。武器系加護ならきっと村の自警団に呼ばれるから、どうしたらいいだろう、とか。

いや、でも、母乳って……。


(赤ちゃんがいるわけでもないのに、母乳なんて加護を貰っても……)


具体的にどのような加護かわからないけど、母乳というからには、まずは赤ちゃんを産まないといけないよね?

だって、そうじゃないと母乳は出ないものだし。

……結婚どころか、恋だってまだよく分からない私が赤ちゃんを産むなんて、想像もつかない。将来的にそういう立場になったら役に立つのかもしれないけど、欲しいのは現在の状況を打開できる加護だ。


(つまり……この加護は、ハズレってこと……?)


大きな溜息をついてしまった。村八分の状況は変わらず、頼みの綱であった加護は用途すらよく分からない。

母乳というからにはやっぱり、赤ちゃんに飲ませるのだろう。……もしも、強い身体に育つとか、病気にならないとか、そういう効果があるのだとすれば、病院のあるような大きな街から遠いこの村では、かなり有用かもしれない。

無事に生まれた子でも、さまざまな理由から、幼いうちに死んでしまうことは多いのだ。


いずれにせよ、今の段階では確かめようがない。司祭様に聞いてみたほうが……でもその司祭様も、知らなそうな顔をしていたし……。


「……体拭いて、寝よう」


考えても答えは出ない。

いろいろ疲れたので、もう寝る準備をしてしまおう。


大きな桶に水を張って、服を脱ぐ

胸帯を外して上半身裸になり、桶の水に浸した布を絞る。水仕事で荒れている手には辛い作業だけど、せめてさっぱりした身体で眠りたい。首周りから順に、肩や腕を拭いていく。


「あれ?」


胸を拭いているとき、ある事に気が付いた。

……乳首から何か滲み出ている?


「何これ……え!? まさか、母乳!?」


恐る恐る指で拭ってみる。白く濁った液体が指についた。


「ぼ、母乳、なの?」


まじまじと見たことは無いけれど、胸が大きいからといって母乳が出るわけじゃないことは知っている。


(そもそも私、赤ちゃんを産んだことないし……加護を授かったから、ってことなの?)


少なくとも、昨日までは出ていなかった。

舐めてみればハッキリするだろうか……でも、母乳とはどんな味がするものなのか……?

指についた母乳(らしきもの)とにらめっこをすることしばし。


「……え? 指の傷が……治ってる?」


さっきまで確かにあったあかぎれが、奇麗に消えていた。

ガサガサに荒れていた指先が、ツルツルになっている!


「ま、まさか」


私は乳首に滲んでいる母乳を、別の指にも塗ってみた。

するとどうだ!

立ちどころに傷が治っていく!


「そうか、『癒し』って、こういうことだったんだ……」


驚くと同時に、閃いた。村や家の仕事に励んでいれば、手はどうしたって荒れる。皆、痛むのを我慢して毎日の仕事をしている。

痛くならずに済むのなら、当然、そのほうがいいに決まっている!


「これを皆に配ったら、仲直りできるかもしれない!」


……いやいや、待って。冷静になれ、私。

これは……母乳だ。多分、母乳だ。乳首から出ているんだし……おそらく母乳だ。


(……荒れた傷口に、他人の母乳を、塗れる……?)


正直、私でもちょっと嫌だ。

自分の身体から出ているものとはいえ、得体が知れないし、かなり抵抗がある……。

出している本人さえそう感じているのに、『私の母乳を塗ったら傷が治るよ!』なんて触れ回ったら、正気を疑われるに違いない。

いくら加護とはいえ、理解し受け入れてもらうのは難しいんじゃないだろうか?

一度でも誰かに使ってもらえれば効果も知れ渡るかもしれないけど、そもそもこの村八分の状態で、誰にどうやって使ってもらうというのか……。


今は5月。

水はようやく温んできたけど、あかぎれやらしもやけやら、冬からの水仕事で皆、手が荒れたままだろう。

楽にしてあげたいけれど……母乳なんて、気持ち悪くて受け入れられないと考えるのが普通だ。


「やっぱり、駄目かぁ」


一度は僅かに希望を持てただけに、脱力感がすごい。何となく胸に手を当てて、ふと思った。


……これ、村の男性陣だけに知られたらどうなるだろう?

いつもあれだけ胸をじろじろ見てくるのだし、忌避感は女性よりも意外と少ない、ってことはないだろうか。

いや、でも母乳、しかも塗るとなるとやっぱり気持ち悪いかな……どうなんだろう?


……もし、もしもだ。

問題なく使ってもらえたとしたら、どうなる?

畑仕事や狩りでは生傷は絶えないだろう。きっと重宝される。

予め母乳を搾って、瓶か何かに入れて渡しさえすればいいのだ。

そこから女性陣に噂が広がれば、抵抗も多少薄れて、使ってくれる人が少しずつ増えていくんじゃ……?


(いけるかもしれない……)


早速搾ってみよう!


と、深めの器を用意し、意気込んでやってみたものの……

力を入れてみても、反対に軽くしてみても、思うように出てくれない。


「う~ん、あんまり出ないなぁ」


捩じるようにしたり、付け根から押してみても、ひたすら痛いばかりで成果は得られなかった。どうやったら出が良くなるのだろう?


(いつだったか村のおばさんたちが「赤ちゃんの泣き声を聞くと出る」って話してたっけ)


通りすがりに耳に入っただけなのだが、それを聞いて、「人間の体ってうまくできているんだなぁ」と驚いたのを、よく覚えている。


(……そうは言っても、ここには赤ちゃん、いないんだよね)


地道にやるしかなさそうだ。

しばらく試行錯誤しながら母乳を搾った。


「これで皆、喜んでくれるかなぁ。そしたらアイサとも、昔みたいに仲良く話せるようになるかも。ロブとのことも、誤解だって分かってもらえ……うん? ロブ?」


……ちょっと待って。

ロブがこの母乳のことを知ったらどうなるだろう?

瓶に詰めて渡しただけで、大人しく満足してくれるだろうか?

いつも私の胸ばかりをねっとりと見てきて、人の話を聞かないロブが……

そんなロブが、『ケガを治すため』という大義名分を得たら?


自分の思うままに行動するのではないだろうか?

(……「ケガを治すためだから」とか言って、いきなり服をはぎ取られでもしたら……!)


一度そういうことが起きれば、別の男の人も、同じようにしてくるんじゃないだろうか?

それが女性陣の目に入れば……また「たぶらかしている」と罵られるに違いない!


……ぶるるるっ!


そこまで想像して恐怖に身が震えた。

皆の役には立ちたい。でも、やっぱり駄目だ。


(……この母乳の力は、絶対に隠し通さなきゃいけない!)



<あとがき>

エステルのステータス

Lv    1

職業  聖女

HP   10/10

MP   61/136

力    2

素早さ  2

体力   2

器用さ  3

魔力   105

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