第3話 加護


そして翌日。教会へ向かう道を歩く。

昨夜は緊張して、あまり眠れなかった。加護への期待に胸を膨らませたのも一瞬。「もしハズレを引いたら」という可能性に至ってしまうと、どうしようもなく気が重くなってくる。

私にとってのハズレというのは……例えば剣や槍など武術に関わる加護を貰っても、私の性格や体型ではきっと生かしようがない。

狩猟の加護なんてもっての他! 「俺が教えてやるよ」とか何とか、ロブに今以上につきまとわれるに決まっている。冗談じゃない!


「はぁ」


ダメな想像ばかりが頭を巡り、思わず溜息がこぼれた。自分のネガティブさに嫌気がさしてくる。

最近、下を向いてばかりだ。肩が余計に重く感じる。頭痛がまた酷くなってきた。

……いやいや、こんなことじゃいけない! 首を振り、両の頬を軽く叩いて、無理やり気合を入れた。


教会に着き、なるべく目立たないよう、静かに中に入る。

既に皆、集まっていた。

村長さん、司祭様を始めとした、村の顔役の人たち。

私と同じく本日の主役となる、成人を迎える人たち。

そして主役の身内や、見学の人たちだ。


私が来たことに気付いた同年代の女の子たちは一様に眉をひそめ、コソコソと話し出す。

男性陣は世代を問わず、胸ばかりをじっとりと見てくる。

それを見た奥様方が、私に睨むような厳しい視線を送ってくる。


(何だろうなぁ……敵だらけだなぁ……)


改めて目の当たりにする現実に、押し潰されそうになる。

……だけどこの状況も、私が良い加護さえ授かれば、きっと変わる。

私は周囲の人たちとなるべく関わらないように端へ移動し、創造神様の像へ向けて強く念じた。


(神様、どうかお願いします!)


教会の一番奥。厳かな台の上に、創造神様の像が安置されている。大きさは1メートルくらい。何となく人型と分かる形で、手を広げて立っているように見える。

像には顔が描かれていない。正しくお姿を掘り出すのは不敬に当たるということで、抽象的に作られているのだとか。


その創造神様の像から見て右手側、説法台のところに、司祭様が立った。

小さな咳払いの後、穏やかな声が響く。


「これより、成人の儀を始めます。成人を迎えるものは前へ」


人々の輪から、今年成人を迎える……つまり、私と同じ年に生まれた人たちが進み出た。

私も慌ててその一番端に、少し離れて並ぶ。

皆どこかソワソワとして、落ち着かない様子だ。

期待と、少しの不安。誰もがそんな気持ちを抱いているのが見て取れた。


「では、順番に前へ」


私と反対側の端にいた少年――ジャックが神像の前に進み出る。


「さぁ、神に祈りを捧げなさい」


「はい」


緊張に声を震わせたジャックが跪いて祈ると、神像から彼に向けて、穏やかな光が降り注いだ。


”――汝に、【耕しの手】の加護を与える”


突如、教会に”声”が響いた。不思議なその”声”はどこか無機質で、神像からというよりはどこか、もっと遠くから響いて伝わってきたように感じた。


(――これが、神様の声なんだなぁ)


話に聞いていた『創造神様の奇跡』を目の当たりにして、しばし呆然としてしまった。


「神よりジャックに【耕しの手】の加護が与えられた」


司祭様の宣言で、我に返る。同時に、周囲から「おめでとう」と祝いの言葉がかけられる。

ジャックは少し残念そうな顔をしながらも神像の前から下がり、両親の元へ駆け寄った。

【耕しの手】は、農村で重宝される加護だ。確か、村の顔役の一人もこの加護を持っていた。

畑を耕すのがだいぶ楽になるらしく、新たに農地を開く場所を探すのにも向いているとか。


(いいなぁ、皆から頼りにされる加護で……)


私はジャックを心から羨ましく思った。

加護の難しいところは、必ずしも生活環境に即したものばかりではない点にある。この村のような山間の農村の人間が、漁業系の加護を得ることもあるが、それではせっかくの加護を活かせない。そういう意味では、【耕しの手】は文句なしに当たりの部類である。

ジャックが残念そうな顔をしていたのはきっと、魔法系や剣などの、武器系統の加護を期待していたからだろう。それらを手に入れて冒険に出る、と言ってはばからない男の子は多い。


次々と、顔見知りの子たちが加護を授かっていく。

【はしこい足】【仕立ての手】【たくましい体】……

皆、その結果に一喜一憂している。


「次、エステル。前に出なさい」


「は、はいっ!」


とうとう私の番が来た!

緊張でがちがちになった体をどうにか動かし、前に進み出る。


「そう緊張せずともよい。穏やかな気持ちになって、祈りを捧げなさい」


司祭様が苦笑交じりに声をかけてくれた。

そうは言われても、これで一生が決まるのだ。村八分になっている状況を打開するには、なるべく良い加護を授かるしかない。


(神様! どうか、どうかお願いします!)


私は固く目を瞑って、強く祈りを捧げた。教会が静寂に包まれる。

胸の間で、爪が食い込むほど握りしめた指先が震える。その時――像からまばゆい光が発せられた。


「こ、これは一体!?」


司祭様の戸惑う声に、目を薄く開く。――眩しい!

他の子たちを照らした光は、もっと柔らかくて優しい光だったのに……どういうこと?

周囲もざわざわと騒ぎ始める。それを遮るように、あの”声”が響いた。


”――汝に【癒しの母乳】の加護を与える”


言葉と共に、光も嘘のように消えてしまった。周囲に、呆気にとられたような空気が流れる。


(……へ? ぼ、母乳……って言った?)


『癒し』は分かる。ポーションとか回復魔法とか、重宝されそうな加護に聞こえる。

……だけど、『母乳』って!?

……聞き間違いかな?


「か、神よりエステルに、い、【癒しの母乳】? の加護が与えられた」


司祭様が非常に言い辛そうに、疑問符を浮かべながら宣言した。


いや、だから……母乳って何なんですか……。



<あとがき>

エステルのステータス

Lv    1

職業  聖女

HP   10/10

MP   136/136 up!

力    2

素早さ  2

体力   2

器用さ  3

魔力   105 up!

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