第2話 取り巻く環境


「よう、エステル! 今、帰りか?」


またか、と身体がこわばった。話しかけてきたのはロブだ。

私はあからさまに困った顔をしていることだろう。

こんなところをアイサたちに見られでもしたら、また「媚びてる」だの何だのと言われかねない。


「こ、こんにちは、ロブ。ごめん、今急いでいるから」


「少しくらい遅れたって、別に構わないだろう?」


何とか話を打ち切って離れようとするのに、ロブはしつこく食らいついてくる。

渋々話を聞きながら、不思議に思っていた。


(何で私みたいな、可愛くもない子を構うんだろう……)


自分の容姿についてはあまり気にしたことは無かったが、皆にあれだけ言われるのだから、きっと不細工なのだろう。

胸が大きいのも、太っているからと言われればそうかもしれないと思えてくる。


(女の子たちはみんな……特にアイサは、綺麗な顔立ちだものなぁ……)


アイサは背も高い。すらりと伸びた手足や、朗らかな笑顔は私には無いもので、羨ましいし、素敵だなと素直に思う。

明るくさっぱりとした性格で、面倒見もよい。小さい頃から引っ込み思案で、なかなか周囲の環に入っていけない私をぐいぐいと引っ張ってくれたのは、いつもアイサだった。

私から見たら、非の打ちどころのない女の子なのだ。そんな女の子に想われているのだから、ロブも素直にアイサを好きになればいいのに……と思う。


(そうなればきっと誤解も解けて、アイサやみんなと仲良く過ごせる日々が戻って来るかもしれないのに)


私がそんなことを考えている間も、ロブは一方的に話し続けていた。


「俺はこんなしょぼい村で終わる男じゃない。いつか北の山にいる魔狼フェンリルを倒して英雄になり、王都で暮らすんだ!」


熱く語るロブの勢いに圧されて、私はとりあえず頷くしかできなかったけれど。


(……そんなこと、できるわけがない)


魔狼フェンリルというのは、古くからの言い伝えや童話に登場する怪物だ。

数メートルはあろうかという巨大な狼で、人間など一口で丸呑みにされてしまうのだとか。

ただ、英雄譚などの物語ではよく語られているものの、実際に遭遇したという話は聞いたことがない。

本当にいるのかも分からないフェンリルを倒すと息巻くロブに、内心呆れつつも顔に出さず言った。


「が、頑張ってね」


「おぅ! 王都に行くときはエステル、お前も連れて行ってやるからな!」


ロブは自信に満ちた様子で宣言したが、私の眼を見て言っているわけではない。

胸に感じる視線に不快感を覚えるが、何とか取り繕い曖昧に笑う。


「あはは……」


ロブは言いたいことを言って満足したのか、帰っていった。


(やっと終わった)


緊張したせいか頭痛が酷くなり、ズキンズキンと響く。

へとへとで家に帰ると、中で村長さんが待っていた。


「やぁエステル、お帰り。食料はいつものところに置いておいたよ」


「村長さん、いつもありがとうございます」


「なに、甥っ子の忘れ形見のためだ。これくらい何でもないさ」


そう言って、村長さんは優しい笑みを浮かべた。

村長さんは父の叔父にあたる人だ。私から見れば大叔父ということになる。

親戚ということもあり、私が両親を失くしてからは特に気に掛けてくれているようで、食料の融通など、私一人では成り立たない生活の支援をしてくれている。

もはやこの村で唯一の味方と言ってもいいかもしれない。


(女の子たちとのこと、相談したいけど……でも、これ以上迷惑はかけられないよね)


村長さんの奥さんと私は仲が良くない。良くない……というより、一方的に嫌悪されている気がする。会うといつも睨みつけられる。

無理もない、と思う。血縁である村長さんと違い、奥さんから見れば私は完全な他人だ。他人のせいで要らない苦労をしょいこんでいるのだから、疎ましい気持ちは理解できる。

……怖いから、できれば睨まないでほしいけど。


「それに、ワシの仕事を手伝ってくれているだろう? エステルは賢いから、いつも助かっているよ」


「いえ、こちらこそ感謝しています」


私は父の生前、読み書きと計算を入念に教えられた。それを知っている村長さんの提案で、仕事の一部をお手伝いさせてもらっているのだ。

村での生活を助けて頂いているのだから、せめて私のできることでお役に立てれば。そういう気持ちでしていることだけど、『助かっている』と――改めて言葉にされると、救われる。

誰かに必要とされているという事実が、寂しさを癒して、心の支えになる。


しかし早いなぁ、と、村長さんはしみじみした様子で語った。


「エステルも明日で、いよいよ成人か。儀式では、良い加護を得られるといいな」


「……はい」


成人の儀式。

この国に伝わる慣習で、その年15歳になる者は全て、教会で儀式を受ける。創造神様に、無事成人できたことへの感謝の祈りを捧げるのだ。

……不思議なのはここからで、創造神様のもとに祈りが届くと、成人の祝いとして”加護”を授けられるのだという。どういう仕組みなのか、詳しいことはよく分かっていないみたいだけれど。


「君の叔母上……母方だからワシはあまり詳しく知らんが、その人は魔法系の加護を貰って、王都で魔法使いになったそうじゃないか」


加護は『創造神様の奇跡』とも呼ばれ、とてつもなく恩恵が大きい。

特に魔法系の加護は特殊で、これを得るとそれまで魔法について全く学んでこなかった人でも、たちどころに魔法が使えるようになるらしい。

……らしいというのは今現在、村に魔法系の加護を持った人がいないからだ。聞けば、ずいぶん昔にこの村からも出たとか出なかったとか……。

それくらい珍しいものだから、国にも大事にされる。何とこの加護を得れば、王都にある魔法学園への入学資格となるそうだ。

そして一度王都に出た人が、わざわざ田舎へ帰ってくることはない。

私の母方の叔母も、魔法系の加護を貰って王都で学び、現在はこの地方で一番大きな街――デリグラッセで暮らしていると聞く。


「会うどころか手紙すら貰えてませんから、叔母のことは私もあまり知らないのですけど……」


両親が死んだ時、叔母にはすぐに手紙で知らせた。でも、返事は来なかった。

叔母から見たら、私の母は実の姉にあたる。……普通は姉の死を悲しんだり、一人残された姪っ子を、多少は哀れに思ったりするものじゃないのかな……?


「……ま、まぁ、先方にも何か事情があるのだろう。それじゃ、明日は遅れないようにな」


そう言って村長さんは帰っていった。

見送りながら、ふと考える。


「加護……良い加護を得られれば、もしかしたら……」


そうか。叔母のことはともかくとして、加護だ。

胸を小さく変えることは難しいけれど、そんなの関係ないくらいの加護――魔法系なんて贅沢は言わない。薬師や針仕事や料理のように、村の生活で役に立つ、皆から頼りにされる加護を得られれば、今の状況から抜け出すきっかけになるかもしれない!



<あとがき>

ロブのステータス

Lv    6

職業   狩人見習い

HP   37/37

MP   0/0

力    10

素早さ  12

体力   10

器用さ  11

魔力   0

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