とある聖女の受難   (旧題:おっぱい聖女!)

さっちゃー

第1章 脱出!

第1話 孤立

「色目使ってんじゃないわよ!」


「ブスのくせに調子に乗るな!」


「胸が大きいって、太ってるだけでしょ?」


皆が私を口々に責め立てる。

私は泣きそうになりながら、どうしてこんな事になってしまったのか考えていた。



小さい頃は、一緒によく遊んでいた。いつも笑い合って、楽しい毎日で……大人になっても、おばあちゃんになっても、彼女たちとはずっと友達でいられると信じていた。

成長期に差し掛かった頃からだろうか。何だか、おかしな空気を感じ始めたのは。

私の身体が――というよりも、何故か胸だけが、とりわけ大きくなってしまって……男の子に、よく声をかけられるようになった頃から。


もともと大人しい性質だった私は、荒っぽいことをする男の子たちが少し苦手で、同性の友達と一緒に行動することが殆どだった。

そんな私だから、いきなり男の子から話しかけられるようになっても、何を喋ったらいいのか分からない。どんな受け答えが正解なのか必死に考えながら、結局は曖昧な笑みを浮かべるしかできない。正直、困り果てていた。


しかし、私の友達には……彼女たちの眼には、そうは映らなかったみたい。

私と違って、幼い頃から男の子たちとも仲が良かった彼女たちにはそれぞれ、特別な想いを寄せる男の子がいたみたいだった。

その男の子たちがこぞって私を構うのだから、彼女たちにすれば、面白いわけがない。


私が一番の友達だと思っていたアイサに、ある日こう問い詰められた。


「私がロブのこと好きだって、知っているでしょう? なのに、どうして色目を使うの!?」


思ってもみないことを言われて、ひどく混乱してしまった。私にはそんな覚えは全くない。

ロブというのは猟師の息子で、歳は私のひとつ上の16歳。今は父親の下で、猟師見習いをしている。

これまでは特に接点もなかったのに、私の胸が目立つようになってから、やたらと話しかけてくるようになった男の子の一人だ。

……誰にも打ち明けたことは無いけれど、私は、ロブが怖い。

ロブと相対すると、ねっとりとした視線が私の胸にばかり向いているのが分かる。

少し前に、ロブが狩りで捕ってきた獲物を、私の家まで持ってきてくれたことがある。私は咄嗟に適当な理由を作って、受け取るのを拒んだ。

渡そうとするロブの眼は、どこか探るようで……まるで獲物が罠にかかるのを待っているかのように見えたのだ。


「色目だなんて、そんなことしてないよ……」


アイサの剣幕に押されながら、私はなんとか言い返した。


「じゃあ何で、いつも一緒にいるのよ!?」


「……だってロブが、勝手に来るから」


「断ればいいじゃない! 私に悪いって思わないの!?」


「こ……、怖いから、断れないよ……」


ロブの視線を思い出すと、体が震えてくる。

要求を強く拒めば、何をされるかわからない――根拠は無いけれど、そう思えてしまう。

私はロブから逃れたくて、いつもなるべく早く会話を打ち切ろうとするのに、ロブはこっちの気を知ってか知らずかぐいぐいと居座ってくるのだ。


「何が『怖い』よ……本当はちやほやされて、喜んでいるくせに!」


「そんなこと、絶対にない!」


怒りを覚え、強く言い返した。


(どうして、どうしてここまで言われなきゃいけないの!?)


友達だから理解してほしくて、叫んだ。でも、アイサには開き直っているとしか見えなかったみたいだ。


「――もうエステルなんて知らない!」


怒りに頬を紅潮させ、吐き捨てるように告げて、アイサは立ち去った。


「私はただ……分かって欲しかっただけなのに……」


目を伏せた私の口から、溜息と一緒にこぼれ出た言葉。アイサにはもう、届かない。



私がロブをたぶらかしている――そんな噂が、あっと言う間に村の少女たちの間に広まってしまった。

私を見かけると、彼女たちは意味ありげに目配せして、声を潜めて話すのだ。


「――あの子、暗いよね」

「――アイサが可哀そう」

「――もとから気に食わなかった」

「――いつも男に媚びている」


漏れ聞こえる声はいつも、アイサに同情的だった。

あれよあれよと言う間に、私は彼女たちから孤立してしまった。

そうなれば、更にどんどん悪い方へと転がっていく。ロブだけではなく、男子全員をたぶらかしているという噂に変わるまで、大した時間はかからなかった。いよいよ私は、彼女たちから一方的に敵視されるようになってしまったのだ。




そしてとうとう囲まれ、きつい言葉を浴びせられている……というわけだ。

私は途方に暮れていた。

身に覚えのないことで責められ、嫌われている。

謝るべきなのだろうか。だけど、何に対して謝ったらいいのだろう。

誤解だと分かってもらいたいだけなのに、言い返すと余計に立場が悪くなる。

……私は黙って、彼女たちが飽きてくれるのを待つしかなかった。

ただでさえこの不恰好に大きな胸のせいで肩こりが酷く、そのためかいつも頭痛がして辛いというのに、出口の見えない事態に痛みが更に増した気がする。


ひと通りの悪口を言い終えた彼女たちは、去っていった。

ようやく解放された私は、俯きながら家路を歩く。


(こんな身体になったのは、別に私が望んだことじゃないのに)


重いし、服は胸元を直さないと着られないし、家事や畑仕事の時は邪魔になるし……その上苦手な男の子たちにはしつこく話しかけられるようになり、女の子たちには嫌われてしまった。胸が大きくなって良かったことなんて、ひとつも思い浮かばない。

どうしてこうなってしまったんだろう。


(お父さんとお母さんが生きていればなぁ……)


数年前、流行り病で他界した両親を思う。

一人娘の私を、いつも可愛がって大切に育ててくれていた。

私が困り果てているといつも、じっくり話を聞いて、一緒に考えてくれた。大人の目から見ればささやかな困りごとだったと思うけど、私にはそれが本当に嬉しかった。

両親が今も傍にいてくれたら、少なくとも心細さを癒すことはできただろう。

しかし今はもう、家に帰っても誰もいない。

友と呼べる人たちまで失ってしまった今、私の寂しさを埋められるほど親しい人は、この村にはもう誰もいなくなってしまっていた。




<あとがき>

エステルのステータス

Lv    1

職業  家事手伝い

HP   10/10

MP   2/2

力    2

素早さ  2

体力   2

器用さ  3

魔力   1


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