第67話 傳次郎の歌とアマンダの弦楽器


 歌い出した僕にアマンダの弦楽器リュートが後を追うように演奏を始めた。最初は僕の声と同じような高さの音、歌と音が重なり合い音楽に深みが出てくる。


「だれをよんでいるのー?きえたこいのすがーたー」


 始めは僕の声に沿うように弾いていたアマンダの弦楽器の旋律せんりつ、それがだんだんと女性低声部アルト女性高声部ソプラノと合わさって多元的になるように僕の音域そのものとは違うものになり始めた。だけどそれが妙にマッチする。


「相手は自分の事を見ていない、そんな切ない恋の歌ね。相手はいる、でも心がいない…」


 馬車の中、ルイルイさんの呟きが聞こえた。


「ただ、きみを、きみを、つよく、だいてたー」


 さあ、サビが来る。視界の端に青い髪がちらり…。視線だけちょっと横に向けると隣に座ったライが真剣な表情で僕を見ていた。


「あーんばらんすなきーすをかわして…」


 ここは他の音域にする事なくアマンダの弦楽器リュートが追いついてくる。初めて耳にする歌、しかも彼女にしたら異世界の歌だ。それにピタリ、瞬間的に音を合わせてくる。多分、次に僕がどんな歌詞フレーズでどんな音の高さを発するかを直感的に感じているのだろう。その才能に僕は舌を巻いた。


 この歌は僕が生まれるよりも前の歌だ。教えてくれたのは小中高とずっと同じだった友達、その歌が含まれたアニメ作品を借してくれた事で耳にする機会を得た。


「サビの高音を伸ばすところがあるだろう?そこが出せれば比較的歌いやすい。それに結構聞き惚れさせられそうだとは思わないか?あまり異性と話す機会が多くないキミでも歌でなら自分の声を聞かせてやれるじゃないか」


「うるせえよ」


 そんなやりとりをしたボサボサ頭に分厚い眼鏡をかけた友人の姿を思い出す、今頃何をしてるんだろうな…。


 アマンダの弦楽器リュートの旋律は最初こそひとつひとつが長い音。だけどそれが今は僕が発する一文字ごとに弦を弾き短く連続して奏でている。凄いなアマンダ、民族歌謡だった音楽がいきなりポップスになった感じだ。


 最初のサビを歌いきったら終わろうかなと思っていたんだけど結局フルで歌ってしまった。あまり長く歌うつもりはなかったのに…。だが、皆が妙に真面目に聞いてくれるのとアマンダの演奏が良かった事もあってついついやってしまった。もしかすると僕はカラオケとかで一度マイクを握ったら離さないタイプなのかも知れないな、そんな事を思いながら歌い切った充実感にひたっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る