第66話 歌ってよ、デンジ


「ねえ、デンジ。何か歌ってよ」


「え?ちょ、ちょっと!?」


 僕は馬車に揺られながらアイアイのいきなりの提案に戸惑っていた。


「ああ、それは良いな。私もデンジ殿の歌を聞いてみたい」


 サリナスさんがその提案に賛成する。


 きっかけは些細な事だった。リンクキャタピラーの大軍に完勝したサリナスさん主従達、ダライブルグに帰還する途中で女性騎士達が歌を歌い始めた。ダライブルグの故郷の歌だそうだ。国歌みたいなものだろう。それをサリナスさんも配下の女性騎士たちも歌っていた。それから次に国内外でも広く…、それこそ王様から市井しせいの民まで皆が知っているような歌…これをルイルイさん達三姉妹も加わって歌った。


 獲得した魔石は大量である。そりゃあそうだろう。一匹一匹は大した大きさじゃない甲羅つきの芋虫が上下左右に渡ってスクラムを組むようにして組み合い、一匹の大蛇のようになったのだから。その数は二千匹を超えていた。


 本来、キャタピラーはそこまで強い魔物ではないので魔石も一個五百から六百ゴルダといったところなのだが、合体という能力を持つ特殊個体であるリンクキャタピラーの魔石は普通の物と比べて十倍ほどの価値になるらしい。だから一個で五千から六千ゴルダ、一匹一匹の強さに大差はないのであるのにも関わらずである。


 そんな訳で今回はたった一回の戦闘で金額にして一千万ゴルダを超える魔石を得た。それ以外にもウラデミィー達が残していった物、特に価値があるのがその馬であった。ウラデミィーや配下の騎士が乗っていた六頭の軍馬に三台の荷馬車を引かせていた十二匹の馬車馬、それに大きな価値がある。


 なにせ車なんかない世の中だ。乗用にも車を引くにも、そして農地での労働力としても馬の持つ力は非常に魅力的だ。良い金になる。中でも軍馬には特に高い価値がつく。


 なぜなら本来馬というものは争いを嫌う、ゆえに危険からは逃げたがるのが習性だ。しかし、騎士が乗る軍馬が乗り入れるのは戦場だ。生き死にが交錯する争いの場だ。そのためにただの乗用馬と違い人を乗せるだけでなく、戦場でも怖気おじけづかないように胆力を鍛えさらには手近な敵を蹴ったり踏みしだくような訓練も受けている。まさしく騎士にとって戦場で運命を共にするに相応しい最良の戦友ともであった。


 そんな軍馬を六頭も手に入れた、地球で言えば何千万円もする高級外車を手に入れたようなものだろうか。特に遊牧民族出身のウェスタは普段あまり表情をあまり変化出さないのだが、今回は違った。馬がたくさん手に入った事がとても嬉しかったのだろう。


 嬉しそうな表情といえば他にもサリナスさん配下の女性騎士の一人、アマンダも同様であった。全体が短めの藍色の髪に一房ひとふさだけ真紅の前髪、それと耳にたくさんつけたピアスが特徴的である。


 勝ち気な女性でいわゆる男勝り。今は馬に乗りながら器用に皆の歌に合わせて弦楽器リュートを弾いている。地球で例えるならギターを持ったロックミュージシャンといったところか。


「これだけリンクキャタピラーのハラワタが獲れりゃあさ…」


 弦楽器に用いられる弦、いわゆるガットは腸という意味。元々、動物の腸を干したものを弦の材料にしていたんだから当然と言えば当然か。その弦になる腸だがキャタピラーの腹の中にもある。特にキャタピラーの特殊個体であるリンクキャタピラーの腸は魔石同様に上質で弦の材料としてより価値の高い物。加工して弦にしたら早速使ってみたいとアマンダは言った、深みある音が出るんだろうと期待に満ちた顔をしながら…。


「今日はオレ、最高に気分が良いから…」


 そのアマンダが僕の方に顔を向けながら口を開く。


「歌い始めたら即興で合わせて弾いてやるよ」


「ほら、ああ言ってるんだし!」


 アイアイがアマンダに便乗した、どうあっても僕に歌わせたいのね。仕方ない、何か良いのは…。…うーん、あれが良いか。


「うん、じゃあ…」


 そう言って僕は軽く咳払いをするようにして喉の調子を整え始めた。歌うのは懐かしの…、平成一桁の年代の歌。


「われーたかがみのなかー」


 僕は馬車の馭者席の上で歌い始めた。

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