第65話 戦後処理


 啓蟄けいちつという言葉がある。二十四節気の一つで、冬籠りしていた虫が這い出てくるという意味。


「おそらくは…」


 そう前置きした上でサリナスさんが語り始めたのはこのリンクキャタピラーは土中から出てきたばかりの寝起きのような状態だったのではないかという事だった。


「この時期にリンクキャタピラーが出たという話を聞いた事がないのでな。地中で眠り、出てくるのはだいたいあと数ヶ月は先になるのが常だ。おそらくあの肉を派手に….大量に長時間焼いていたのが原因だろう」


「なるほど、そう言えば…」


 確かにそうだった。ウラデミィー達はとにかく大量の肉を焼いていた。肉パーティでもするのかというほどの…。食べるだけなら調理の必要がない干肉であればあんなに匂いはしない。しかし、一夜干しの肉なら焼けば派手に匂いがでる。焚き火の匂いに豊富な獣脂が煙を呼んでさらに強い匂いとなってあたりに漂う。それを派手にやられては猛獣の前に血がしたたる肉をぶら下げるようなものだろう。リンクキャタピラー達が啓蟄し、焼いている肉に殺到したのも無理はない。


「姫、こちらはどうなさる?」


 そこに声をかけてきた者がいた。彼女の名はウェスタ、サリナスさん配下の女性騎士の一人である。グランダライ公国では珍しい褐色の肌の持ち主だ。髪と顔を布地で巻いて隠している、なんていうか地球のイスラム圏の女性が身につけるヒジャブのようだ。


 その彼女ウェスタはサリナスさん達主従の中で最も馬の扱いに長ける。公国の西方、す遊牧民の小部族で生まれ育った彼女はその実力をサリナスさんに見出され騎士になって仕える事になったという。


 自分の足で立って戦うだけじゃない、騎士の戦いは馬に乗って戦う事も多いのだ。その時は武器や防具を上手く扱うだけじゃない、馬も上手に扱って戦う事も肝要である。馬上同士の戦いは単純に武器を打ち合うだけではない、馬を操り敵の死角になる左側や後方に回り込む事で有利に…あるいは一方的に戦う事もできるのだ。その馬術こそが彼女の最大の武器であった。


「む、そうだな…」


 ウェスタが問いかけた事、それはウラデミィー達が放り出していった物である。それが野営地に散乱していた。


「あー、ひどい鎧ばかりっすねー。派手なばかりで中身スカスカでやがりますよ。こんなんじゃ防具としての意味なんてねーです」


 そう言っているのは見た目はただのちびっ子少女のサミである。鍛治技術に長けるドワーフ族の彼女は武器防具の良し悪しがよく分かる、そのサミがウラデミィー達の身につけていた鎧を酷評している。


「コレなんて飾りですよ、御曹司おえらがたにはそれが分からんのでやがるんです」


 そう言ってサミがウラデミィーの鎧を叩くと少なくとも重厚さからはかけ離れたポコポコという軽い音がする。こりゃあ彼女が先程言っていた通り中身スカスカの派手なだけの鎧というのもよく分かる。


「確かにここにあるのは無駄に華美な物が多い。だが、これは間違いなく素晴らしい」


 そう言ってウェスタは近くにいた一頭の馬の頭を撫でた。


 ぶるる…。


 黒毛の馬が心地良さそうに鳴いた。


 ウェスタが示したのはウラデミィー達が乗る事を諦め逃げていったために残していった馬達であった。リンクキャタピラーの襲撃で恐慌をきたしていた馬達だがウェスタがそれを鎮めた。その手並みはさすがに遊牧民族の出身である、実に鮮やかなものであった。


 そのおかげで馬達は大きな怪我も無く、今はウェスタの周りですっかり落ち着いている。


「ウラデミィー殿はダンジョンを脱し、どんどん離れていきます。戻る可能性は皆無かと…」


 レーダー役のシグレッタが呟く。


「なら…、全部頂いてしまいましょうよ」


 僕はそう提案した。


「幸い馬達には加代田商店の裏庭にいてもらう事も出来ますし」


「そうだな、馬達もここにいてはモンスターの餌食になってしまうかも知れん。連れて行ってやるのが人の道か…」


 サリナスさんが呟く。


「よし、一度ダライブルグに戻るぞ!馬達を連れて帰る」


 この異世界で馬はたいへん貴重である。地球で言えば車やバイクであり、大きな力を発揮する労働力にもなる。


「その前にお風呂にしましょう、皆さん!雨の中で戦って体が濡れているでしょうから」


 そう言って僕は加代田商店を出現させた。


「衣服も乾燥機に入れて乾かしましょう。さあ!」


「よし、ならば夫殿。一緒に風呂に…、私は無事に戦いから戻ってきたのだから…」


「さあて、何か温かいスープでも作るか!」


「ま、待つのだ!夫殿!?」


 常光のダンジョンの空は明るく加代田商店を照らしている。その中で僕達は今、誰一人欠ける事なく生きている事を実感していた。

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