第57話 幻の一等級品(塩)。(さりげなくざまあ回?)


 かーん!こーん!


 僕達から二百メートルぐらい離れた所から音が響いてくる。ダンジョンに入った僕達の後をついて来たウラデミィ達はその辺りを野営キャンプ地にしたようだ。そこに木の杭を打ち囲いを作っているようだ。戦国時代なんかで言うところの陣を築いている…、そんな所だろう。


 一方でサリナスさんは部下の五人のうち四人の騎兵を四方に走らせた、偵察である。ちなみに従軍している五人もまた騎士爵持ちだそうだ。そう考えるとフウとライは騎士爵は騎士爵でもより上位の家格なんだろうか。


「東西南北、敵影その他異常ありません」


「よし!ならぼ軽く腹に物を入れよう」


 報告を受けサリナスさんはライとこの場所に残ったドワーフの女性兵士サミに煮炊きをさせていた。それを食べてから動こうと言うのだろう。


 少し遅めの昼食の時間である。用意していたのはジャガイモを茹でたもの、それに僕が用意した塩をつけ手早く口に運んでいく。


「公爵家の…、新たに継承権も得られた方にしては随分と粗末な…、いや失敬…質素なお食事であらせられる…」


 嫌味な声が響く。


「また来たよ」


 近くにいたアイアイが僕だけに聞こえるようにそっと呟いた。


「見たところ、ジャガイモに塩をつけただけの物を召し上がっておられるようだが…。それならば我らの用意する物を召し上がりませんか?いや、そちらが食べたいと仰られるのであれば…ですか、ね。何しろ我らが騎士団では塩一つとってもムーラ・カミュ・ファンドゥ商会で一番高価な塩、流通する物の中では最高級品…二等級品ですからな」


「二等級品?一番高価なのに一等級品ではないの?」


 思わず僕は疑問を口にしてしまった。それを話の切り口にとでも思ったのかウラディミィは甲高い笑い声を上げた後に僕に向かってこう言ってきた。


「なんだ、知らんのか?ふん、まあそうだろう。見たところ貴族でもなんでもなさそうな男だ、モノを知らぬ無知なのも頷ける。こんな男となにゆえサリナス殿は行動を共にされるのか…」


「なにっ!?」


 ライがいきり立つ。


「良い良い、ならば教示きょうじしてやろう。私は寛大である、ゆえに無知な下民風情に知識の一端を披露ひろうしてやろう。このルーシアン侯爵の御曹司おんぞうし、ウラディミィ様が!」


 ふわさっ!!


 前髪をかき上げながらウラディミィが言った。…どーでも良いけどその髪型さあ、ネコ型ロボットの物語に出てくるス◯夫か、ちびまる◯ちゃん花◯くんぐらいしかしてないよなあ。マイナーなキャラならキャプテン◯の岩見くんか…、まあとにかくなかなかいない。


「いいかね?塩というのは海水から製塩する訳だが、砂粒や小石…他に海藻クズなどが紛れ込む可能性がある。それゆえ塩作りをする職人達が点検し、発見されれば取り除くのだよ。だが、神ならぬ人間のする事の悲しさよ。何事にも完璧はない、そのぐらいは分かるな?そこな男」


「そりゃあ、まあ」


「そのくらいはさすがに理解できるようだな。…それゆえ万が一の異物の混入の可能性をふまえ塩1キロに対して1グラム以内の混入までなら二等級品と格付けをしたのだ。ほんのわずかな異物混入の無い…、つまり異物がゼロならば一等級品、幻の一品と言う事になるがそんな物は神でもなければ作れまい。ほんのわずかな色のくすみも無い、純粋な塩な…」


「モノを知らねーのはそっちの方ですよ」


「のっ!?」


 横合いから挟まれた声にウラディミィが戸惑う。全員の視線が集まった先には小学校高学年ぐらいの背格好の女の子…。サリナスさんに従う騎士の一人、サミであった。


「ウチ達が口にしているのはその幻の一品。そちらの言う二等級品とはモノがちげーんですよ、モノが」


「な、な、な、なんだとぉっ!?デタラメを言うな!」


「デタラメ?」


 ぴくり、サミが片眉を反応させた。


「これをよく見やがってから自分が寝言言ってるのを自覚するがいーですよ」


 そう言ってサミは『食塩』と書かれた小さなビンをかざして見せた。加代田商店ウチでも売っている食卓塩だ。


「見れば分かりやがると思いますが、これがその純白の…ってヤツじゃねーですか?」


「バ、バ、バカなあッ!?」


 たたたっ!


 ウラディミィはサミの元に駆け寄りその食卓塩のビンを間近で見つめた。


「な、なんだ、これは!?ゆ、雪のように真っ白な…。こ、これが塩だと言うのか!?」


「間違いねーですよ。このドワーフのサミが言うんだから。知ってやがりますよね?鍛治の技術に長じたドワーフは鉄を初めとして鉱物に詳しい、そして塩は岩塩からもれる。岩塩もまた鉱物…、その質の良し悪しをドワーフは誰よりも分かる…」


 妙な言葉使いだがこれが彼女の語り口。


「まあ、そんな訳でどっちがモノを知ってるかは分かりやがったんじゃねーですかね。あ、ちなみにこの塩を用意されたのはこちらのデンジ殿でありやすよ。…つまり?知らなきゃこれだけの塩、用意できる訳ねーですから」


「サミ…」


 思わず僕は彼女の名前を口にした。小さな見た目だが実は彼女は僕よりはるかに歳上、しかし主人であるサリナスさんが僕に『殿』と付けて呼んでいる事から『さん付け』は不用と言われたのでそうしている。それはフウやライなど他の騎士達も同様だった。


「ぐ、ぐぐぐ…。ま、まあ、さすが公爵家であられる。口にされる塩もまた超一流、高貴な方はやはり違いますな。うむうむ!高貴なご身分、つまり我々のような選ばれし貴族階級には相応しい高級な塩を使うのが当然という訳で…」


 取り繕うようにウラディミィが言った。


「そんな事ないですよ」


 僕は口を開いた。ここらで少しくらい仕返しをしたい。


「ど、どういう意味だ?」


 ウラディミィが反応した、予想通り。


「その塩ですがね、先日サリナス様は領民たみにもお下げ渡しになりましたよ。…つまりグランダライでは庶民でも口に出来るんですよ、その塩」


「しょ、庶民が…だと!?」


「ええ、そうですよ。ちなみに僕もその庶民なもんで…、どうやら僕みたいな者が口に出来る塩なんて侯爵家の皆々様とは口にする最高級品と言われる二等級品とはモノが違うようで…。この程度の…、つまらない男が持ってるつまらない塩…。せいぜい幻の一等級品程度の塩ですがね」


 ニンマリと…、きっと僕は数日前に見た公王妃様のような笑みを浮かべてウラディミィに言い返したのだった。



次回『それなりの生活レベル』


お楽しみに。

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