第56話 派手な騎士達


 目的地が近づいてくるにつれ馬蹄ばていの音がせわしないものになっていく。


常光じょうこうのダンジョンまであと1マイル(約1.6キロメートル)の位置まで」

「周囲に異常無し!」


「よし!二人は最後尾の位置につけ。サミ、シグレッタ、前に走れ!」


「「はっ!!」」


 サリナスさんは同行している五人の女性達に馬上から支持を出している。…もっとも足が四本ではなく八本の馬の姿をしている生き物を馬と呼んで良いのなら…であるが。


 八本足の馬、正確にはスレイプニルというものらしい。なんか地球の北欧神話で聞いたような気がする。今夜にでもこっそり日本に転移してネットで色々資料を集めてみるか…。僕はそんな事を考えながら馬車に揺られている。それと気になるのが…。


「あの…。八本足のロキフェリが普通の…四本足の雌の馬に仔を産ませた…、それが足が六本のタツマキとイナズマという馬(?)…なんだよね?」


「そうだぞ、デンジ殿。い、いや、お…夫殿」


「デンジでいい、デンジで」


 すすす…。


 馭者席の隣に座るライが身を寄せてくる。


「むう…。それより何か気になるのか?」


「八本足のロキフェリが四本足の馬に仔を産ませたら六本足の馬…、つまり真ん中と言うか平均と言うかとにかくその足の数の馬になった」


「その通りだぞ」


「ちなみにタツマキとイナズマに仔はいるの?」


「いないぞ。まだそういう時期でもないからな。それより何か気になるのか?」


「うん、六本足の彼らが四本足の馬に仔を産ませたら…、どうなるんだろうと思って…。五本足…になったらバランス悪そうだし…」


「ふむ、そうだな…。これは考えた事もなかった、確かに疑問に思うのは無理もない」


「だろう?」


 五本足になるのか、あるいは父母どちらかの特徴を受け継ぎ六本か四本の足の馬になるのか…興味は尽きない。そんな事を思っていると真横にいるライが僕の顔を覗き込んでいた。


「な、何?」


 あまりこうして近くで人と…、女性と接した事のない僕はたじろいだ。そんな僕にライはまっすぐな視線を送ってくる。


「そ、その…、デ、デンジ殿は仔を産ませる事に興味があるのか?な、ならば青髪と黒髪…、二人の子なら何色の髪になると思う…?」


 頬を染めながらライが言った、その時である。


「ダンジョン前に居並ぶ小勢あり!」

「他領の騎士と従者と見えし!その数、十以上!」


「サミ!シグレッタ!後備あとぞなえに回り馬の息を整えさせよ。あとの者はじわりと前に上がれ!速度を落とす」


 サリナスさんが次々に指示を出していく。


「行くんでしょう?私が馭者なるわ」


 馬車の中からルイルイさんが声をかけてきた。


「すまない、デンジ殿を…夫殿を頼む」


 ひらり。


 助走もなしにライが愛馬のくらに飛び乗る。


「出るぞイナズマ!タツマキ、大人しくしていてくれよ」


 そう言うとライはあぶみに足をかけながらイナズマの背についた仕掛けを外し馬車と切り離す。そして今までイナズマが付けていた馬車と接続していた仕掛けをタツマキが元々付けている仕掛けの上に重ね固定する。


「歩兵の速度に!全員、臨戦のつもりで備えよ!」


 サリナスさんが指示を出すと全員が手足のように揃って動く。そこにするりとルイルイさんが僕の隣に、流れるような動作で座った。


「メイメイ、アイアイ」


「分かってるわよ、姉さん」

「任せといて」


 中の二人から返事が帰ってくる。


「私には魔法がある、だから馭者席からでも敵に対する備えは出来る。二人は馬車に残していざという時に飛び出させる」


「えっ?」


「相手が騎士なら甲冑を着込んでいるわ。それとやり合うのは鉄板を相手にするようなもの…、真正面からは避けないと…ね?」


 なるほど、アイアイにせよメイメイさんにせよその武器は大きな物ではない。ならば鉄の防具で身を固める敵には不利、隙をついて急所を狙うような戦法の方が良さそうだ。その為には不意討ちできるようにその存在を秘しておく方が良い。


「いるわね、うじゃうじゃと…」


 ルイルイさんの声に前を見ると確かに人影が見えた。あれが他領の騎士というやつか…。



「これはこれは…、グランダライの姫騎士殿…」


 僕達を出迎えたのは赤や黄色の塗装をされた派手な鎧を着た馬に乗る金髪の男であった。歳は…よく分からない。正直、日本人の僕には地球でだって見た目だけでの西洋人の年齢はよく分からない。まあ、若そうではある…そのくらいだ。


 その若そうな男は言葉使いこそ丁寧だが、慇懃無礼いんぎんぶれいといった感じで声をかけてきている。その後ろには同じように派手な鎧を着込んだ騎士達、…まあ先頭で口を開いている男よりはいくぶんか派手さは劣る。その数は六人。さらにその後ろには三台の馬車と簡素な…、錆止めの黒い塗装だけした胸当てとすね当てだけを身につけた槍を持つ者達、兵士というよりは馬車の扱いの為の者だろうか。いわゆる輜重しちょう(軍隊の食料や物資を運搬する役目)といったところか。それにしてもたった六人の為に荷馬車を三台とは…、いったい何を積んでいるのやら。


「………。それにしても、そちらは馬車が一台だけで良いのですかな?武器の替えや食料、その他物資を積むにはいささか足りぬのではありませぬか?」


 若い騎士の話は続いている。


「我々は爵位を持つ身、常に優雅でなくてはならない」


「優雅?」


 ぴくり、ここで初めてサリナスさんが反応した。


「そう、優雅です!いや、華麗と言い換えても良い!我々爵位持ちは平時も戦時にも常にそうあるべきなのです!それはそう、このようなダンジョンにおもむく際にも…。身なりもそうだが食べる物、飲む物においても常に美食をもって良しとする。これは我が国…」


「ウラディミィ殿、そこまで」


「はっ!?えっ?」


 サリナスさんに相手の言葉を途中でさえぎる、若い男は目を白黒させて言葉に詰まった。


「我々グランダライの者は山育ちゆえ優雅というものに程遠い、それに美食とおっしゃられたな。それは末端の…兵卒達にも当てはまるのか?」


「ははっ!まさか、まさか!美食とは選ばれし者だけが口にする物、それはここに居並ぶ我らのような者にのみ。荷馬車に居並ぶ従卒じゅうそつどもには与えませぬ!しかし、サリナ殿!…いや、これは失礼いたした。先日より名を改められサリナス殿でしたな!貴女あなたや後ろにおられるお美しい騎士の皆さんには同じ酒食を提供しても良い!どうです、これより共にこのダンジョンに挑みませぬか?」


 サリナスさんがウラディミィと呼んだ男は『どうですか?良い提案でしょう』とばかりに持ち掛けてきた。


「御遠慮申し上げる」


 キッパリと、そして即座にサリナスさんは断った。


「我らは卿から見れば《《古臭い、年寄り臭い考え方かも知れないが》、戦場では将も兵も食を同じくすべきと思っている」


「こ、これは妙な事を仰られる。サリナス殿と私は歳も同じく…」


「それに此度こたびは城を空けていた私が部下達との鍛錬の為、さらには連携の確認の為に参ったもの。我らだけでダンジョンに赴きたい」


「そ、そんな。せっかくこうして来たのですから…」


「頼んではおらぬし、我らにも都合があるのでな。同行を頼みし方もおられるゆえ」


「同行ですと?」


 金髪の騎士がこちらに目を向けた。ルイルイさん、そして僕を見る。


「これは…荷馬車に似合わぬ麗しい御婦人。…と隣にいるつまらなそうな男が一人いちにん。妙ですな、サリナス殿の隊は女性だけと思っておりましたが…」


「私が同行を依頼した御仁ごじんだ。それに荷馬車ではない、人が乗る為の物…」


「なんですと!?輜重も連れずダンジョンに?」


「その事はもうよろしかろう。それより他に用が無ければ我々はダンジョンに入らせていただい、一刻も早く鍛錬をしたいのでな。では、これにて。失礼する」


 そう言うとサリナスさんは続けと声をかける。それに従い隊列が動き始めた、一方でライはその場にとどまり警戒を続けながら声を上げた。


殿しんがりはこの不動のライが引き受ける」


 なるほど、サリナスさんに従う者の中で一番強いライが殿…最後尾に。


「こ、後悔しますぞ!まさか食料その他、ダンジョンで現地調達するつもりではありますまいな!こちらは商業都市セキザンの豪商ムーラ・カミュ・ファンドゥの所から取り寄せた最高級の食料物資が…」


 背後から声が聞こえてくる。


「ふふ、ムーラ・カミュ・ファンドゥの商会からか…」


 サリナスさんの呟きが風に乗って聞こえてきた。


「こちらにはデンジ殿がいる。かの商会の塩など比べるまでもあるまいよ」


 その声はどこか楽しげに、弾むように聞こえてきた。



次回、『幻の一級品(塩)』


お楽しみに。


…そう言えばまだこの作品にはレビューコメントが無く、作者は寂しく感じております。我こそは、という方はぜひよろしくお願いします。今ならレビュー欄にあなたのコメントと名前が載るチャンス(笑)!


 よろしくお願いします


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