第58話 それなりの生活レベル(その1、野営地)


「ま、まあ塩だけはそこそこの物を使っているようだな、塩だけは!」


 塩という単語をやたらと強調してウラディミィがわめき散らしている。


「だが、ジャガイモだけというのは寂しいでしょう。ならば夕食は我らと…」


「お気遣いは無用」


 サリナスさんが即座に言った。


「我らはこれよりここを離れ手始めに連携の確認がてら小さな戦闘をして参る所存。夕食その他野営の準備はデンジ殿に一任しておるゆえ…」


「精一杯、努めさ背ていただきます」


 僕はサリナスさんに頭を下げて応じた。普段ならこうはしないけど今はよその貴族がいる。時にはしなければならない態度というものがあるのだ、それくらい僕にも分かる。


「なんと!?野営キャンプ地をしっかり定めぬおつもりか?我らはああして、ほら!杭を打ち周りを囲い、天幕も張ろうというやのに!」


 ウラディミィが指差した先、彼らの野営地とした場所では確かにそれらしい作業をしているのが見てとれる。


「囲いを作り本拠とする場所を建てる…、まさに陣を敷くがごとし…」


 サリナスさんが応じるとウラディミィは満足そうに頷いた。つい先程までの面食らった顔とは大違いだ。


「そうでしょう、そうでしょう!しかし、そちらは資材も無さそうだ。ゆっくり休む場所も…」


「大袈裟に過ぎる」


「は…、え?」


「このような小勢こぜいで、囲いを作り天幕まで張るなど…。天幕など国のお歴々が額をつき合わせ戦略を練る為の場所。我々のような軽輩が使うようなものではなかろう。…よもやとは思うが、まさか寝泊まりの為に用意させたなどという事では…」


「そ、そのような事はないッ!あ、あの天幕は綿密に打ち合わせをするためのものなのだ!実戦さながら、ましてやモンスターが相手。対人戦とは違う戦法を試す上で我ら一丸となる必要がある!そ、そのための天幕ッ!む、昔からよく言うではないか!帷幕いばくの中ではかりごとを巡らし…などと…。おお、いかんいかん。天幕の準備が出来たらすぐにでも軍議を始めねば、それではこれにて…」


 この場所に居辛いづらくなったのかウラデミィーはそそくさと立ち去っていった。


「ふむ、まあそういう事にしておこうか…」


 明らかに嘘だろうというのをふまえた上でサリナスさんが呟いた。その時、騎士の一人シグレッタが独り言をするように声を上げた。


「敵発見、人型タイプ。この振動、ゴブリン?その数二十…いや二十一、距離三百。大型種の存在無し」


 声の主、シグレッタは左手の薬指に指輪をしている。だが、それは装飾の為ではない。その指輪の下側、そこに極小の鎖でつなげたピンポン球ほどの大きさの透明なガラス容器のような物が付いている。その中には水が満たされ、上部にはわずかに空気溜まりがある。そこに走るわずかな振動をシグレッタは見ているようだ。つまり彼女シグレッタはこの一団のレーダー、索敵を引き受けている。洞窟のような入り口から入ってきたこのダンジョンは聞いていた通り真昼のように明るく草木が所々生えている。そんな中、少し木や茂みがあって直接見えない方向をシグレッタは指差している。


「敵、まだこちらには気付いていない模様。おそらくウラデミィー・ルーシアン一行の陣を築く音に向かっていると思われる」


「ゴブリンが二十一か…、丁度我らの三倍だな…。小手調べには丁度良い。デンジ殿、行って参る!三十分ほどで戻ってくるぞ。ライ、サミとシグレッタを率いて敵の後ろから襲え!我らはウラデミィー殿に向かう敵の横腹をく。挟撃だ!」


「はっ!」


 サリナスさん達、七人の侍ならぬ騎士達は各々の武器を手に取ると素早く騎乗した。


「者ども、続け!」


 サリナスさんの号令、次の瞬間には馬蹄の音を響かせて主従七人が駆け出して行った。



「ただ今戻った」


「お帰りなさい、早かったですね」


 三十分もかからずサリナスさん達は戻ってきた。その間、僕は何をしていたかというとシトリーとアヌビスと散歩をしていた。後ろには引いていた馬車の留め具を外して自由になった六本足の馬タツマキがついてくる。


 緊張感の無い振る舞いと言われそうだが、ルイルイさんによれば問題ないだろうと言う。


「ゴブリンは自分が不利となればすぐに怖気おじけづくの。不意をつかれ、また体の大きな馬達が突進してくる迫力に簡単に肝を潰すでしょう。心配はいらないわ」


 その言葉通りサリナスさん達は思っていたよりも早く帰ってきた、怪我もないようでなにより。


彼奴きゃつらが…、コホン!ルーシアン殿が初めて役に立った。ゴブリンどもは奴らの陣の築く音に気を取られていて呆気ないほどに壊滅した。奇襲をかける必要も無いほどにな」


 サリナスさんはそう言いながら陣を築いているウラデミィー達の方向を見もしないで指差した。


 その陣だが、僕が思っていたよりも早く築かれていた。奴らの馬車の車体を解体しその屋根板や壁板、柱を使って囲いを作っている。どういう構造かは分からないが少なくとも釘は使っていないのだろう。それを解体し組み立てる事で移動の際は馬車に、戦時には陣の囲いとするのだろう。


「おやおやおや、遠駆とおがけにでも行っておられたのですかなあ?」


「また来やがったでありますよ」


 ぼそっと、小さな声で吐き捨てるようにサミが言う。当然、その声の主は…。


「ははは。このウラデミィー・ルーシアンが参りましたぞ、サリナス殿」


 ひらひらと手を振りながらウラデミィーがやってきた。ヒマなのかな、この人。そのウラデミィーが僕を見ながら口を開く。


「塩の事では思わぬ遅れをとったが、今回は…。さて、サリナス殿?遠駆けをなされたなら汗もおかきでしょう。それを麗しき淑女が放っておいてはなりませぬ、我らは水もふんだんに運ばせております。是非、こちらにおいでになり体をお拭き下さい」


「いや、我らの身の回りの事はデンジ殿に一任しておるゆえ御遠慮申し上げる。貴重な水、飲み水にも…。それこそ陣を築いているそちらの方々も汗をかいておられるだろう、その方々にお使いあれ」


「なんと!?体をお拭きなさらぬのか?…いやいやいや嘆かわしい。陣も築かず、この地面にそのまま御身おんみされるおつもりか?それではまるで…、貧民街スラムの者と変わらないではありませぬか?」


「戦時にはにおいては将兵共に野にすもの、優雅に過ごせるとは限るまい」


「し、しかし!このダンジョンは常光じょうこうのダンジョンとは言うものの風も吹けば雨も降るのです。そこで寝起きなど…。そこな男の…、それこそ庶民の生活くらしに合わせなくとも…」


「デンジ殿」


「はい」


「やってくれ」


 サリナスさんはウラデミィーの言葉をさえぎり僕に声をかけてきた。


「かしこまりました。姫様には庶民の暮らし、お目にかけましょう」


 そう返事して僕は呼び出す、加代田商店を…。


「な、な、なんだとおッ!!」


 現れた昭和レトロな住居兼店舗にウラデミィーが目を白黒させながら大声を上げた。それを尻目に僕は片膝を着き、うやうやしく頭を下げた。そしてとびきりキザに言ってやる。


「どうぞ姫様。今宵の宿にございます」



次回、『それなりの生活レベル(その2)』


お楽しみに。


…サリナス配下の騎士達、キャラを考えていかなきゃなあ…。


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