第52話 謁見、ダライブルグは女の城


 塩の取引を終え、その運び出しを見守るだけだと思っていたらライとフウにグイグイ来られるという展開になった僕だがその場はなんとかお茶を濁し虎口ここうを脱した僕。


 塩の運び出しも無事に終わりセキザンから十日を超える旅の目的を果たした僕は翌日をサリナさんからのダンジョンへの同行依頼に備え必要な物の発注と休養にてようと思っていたのだが…。


「よくぞ戻った、サリナ」


 翌日、僕はサリナさんと共にダライブルグ城の中にいた。謁見の間、石の床の上に敷かれた赤色をやや橙色だいだいいろに近づけたような絨毯じゅうたんの上で僕はサリナさんにならい片膝をついている。声の主はサリナさんの祖父でありグランダライ公国の主である公爵閣下である。細い体系でややもすると地味な印象を受ける。


あらかじめ受けていた報告…、余も半信半疑であったが実際に国庫に塩が納められたのを聞いて驚いておる…」


 公爵と対面している訳だが日本と違い片膝をついていても頭を下げる必要はない。少しは視線を下げてはいるが地面を見る程じゃない。それというのも逆に表情が見えなくなる程の下向きというのがよろしくないらしい。


 それゆえ格上の相手には失礼の無い程度に視線を下げつつ自らの表情を見せるという微妙に面倒くさい体勢をとる必要があった。


 目の前にいる公爵は僕達より階段を四つか五つ登ったくらいの高さにある玉座というやつだろうか、それに座りこちらを向いて言葉を続けている。


「………。此度こたびの塩の納入、まことに見事である。聞けばまた同じ量を購入できるとも…な。払いも魔石で良いとなるとダンジョンで兵達の鍛錬も兼ねて塩の補充ができる…。サリナよ、今日この時よりサリナス…、サリナスと名乗るが良い」


「ひ、姫様に…」

「新たな…お、御名おなを…」


 後方に控えるフウとライから驚きとも感動とも取れる声が洩れた。公爵閣下がサリナさん…、これよりはサリナスさんに与えた名前にはきっと何か特別な意味があるのだろう。


(それにしても長い話なのじゃ)

(わざわざ呼び出しておいて我が主に話が及ばぬ。帰っても良いのではないか)


 不可視インビジビリティの魔法によりその姿を見えなくしているシトリーとアヌビスがそんな事を念話で僕に言ってくる。僕には二匹の姿が見えているのだが、その姿は退屈している子猫と子犬そのもの。絨毯で丸くなるアヌビス、シトリーに至っては見えないのを良い事にその絨毯で爪研つめとぎなんかしている。…良いのかな、そんな事して。


「さて…、デンジ殿…であったな」


 おや?僕の名前が呼ばれたぞ。


「はい。お初に御意ぎょいを得ます、公王陛下」


 普段なら…、少なくとも日本でなら絶対言わないであろう『御意を得る』という言い回し…お目にかかるよりもさらに深い敬意を示す言葉だ。地位のある相手に面会する際に使う。


「孫が…」

「陛下」


 玉座の隣にいた女性が公爵に声をかけた。


「う、うむ…」


 しゅ〜ん…。こう言っては失礼だが、今みで地味な印象を受けていた公爵閣下がなんだか急に小さくなってしまったような印象を受ける。


 代わって急に存在感が増したのが公王陛下の隣にいた女性。老齢に相応しく顔にはしわがあり、髪は白い。単純に考えれば公王陛下のおきさき様って事になるのか。その老婦人が玉座より立ち上がり数歩前に進み出た。


「話はサリナ…、いや先程よりはサリナスであったの。戦乙女バルキリーのサリナスより聞いておる、商業都市セキザンの大商人でも簡単には成せぬような大商おおあきないをいとも容易たやすく成したと…」


 ぶわっ!!


 こ、これは!?きゅ、急にお妃様の存在感が増した!なんて言うか…、今までは気配を消していたのに急に『気』を解放したような凄まじい存在感だ。


(ほう…?)

(人間(ヒト)の子にしては中々…)


 シトリーとアヌビスがお妃様に興味を示した。どうやら存在感を増したと感じた僕の直感は間違いではないらしい、少なくともシトリーやアヌビスが興味を感じる存在であるのだから。


「さらには頼もしき男子おのこであるとも…。フウ・ジーン、ライ・ジーンの両名が男試おとこだめしの儀にて足元にも及ばなかった、とな…」


 かつ…、かつ…。


 ピンと伸ばした背筋、しっかりした足取りで座っていた僕達より少し高い位置にある場所から階段を降りお妃様は近づいてくる。


「………ッ!?」


 僕までその距離数メートル、となった辺りでピタリとお妃様は歩みを止めた。あと一歩進んだらその足はシトリーを踏んでしまうところだっただろう。


「………良い面構えをしておる。…どうであろう」


 お妃様は僕をまっすぐに見つめて言った。


「我が公国くに御用商人ごようしょうにんにならぬか?税も不要といたすが…」


 御用商人…、詳しいことは分からない。だけどこの公国領内では間違いなく凄い後ろ盾だろう。税も要らないとなれば塩の販売だけでも大儲け、魔石を電力にえて電力会社に売れば凄い事になる。だけど、それは同時にこの公国くにに固定されるという事にもならないだろうか?


 そう思った僕は必死に言葉を考える。


「た、大変ありがたい御言葉を頂き感謝の言葉もございません!」


「おお、では…」


「こちらグランダライ公国は領民を大切にする素晴らしいお国と聞いております」


「その通り、領民たみと共にあるのが我が国の気風。領民を我らが子と思い…」


 領民を我が子と思い…、これだ!


「そ、それゆえにございますッ!」


「な、何を申しておる?」


 お妃様に一瞬の戸惑いが生まれたみたいだ、ここで切り込まなきゃ。


「こちらの領民の皆様はずっと公国おくにの為に働いてこられたと存じます。それこそ今まで…、いやご先祖様の代からずっと…」


「その通りである」


「そのような何代にも渡って公国おくにの為に働いてきた方々を差し置いていきなりそのように過分なるお取立てをいただく訳には参りません」


「む…」


 どうやら僕が直感的に言った言葉はどうやら筋が通っているようだ、言いたい事はありそうだがお妃様が言葉を飲み込んだ。


「しかしながら…」


 僕は言葉を続けた。


「サリナさ…、サリナス様は私のような見ず知らず…、駆け出しの商人にもまっすぐにお接し下さいました。私はそのお気持ちに大変感激をしております、それゆえ今後とも…何卒末長くお取引させていただければと…。サリナス様を通じ可能な限り商売あきないに参ります」


「サリナスを通じて…とな」


「はい、何卒お認め下さいますよう…」


 ふふ…、お妃様が笑った。その瞬間、お妃様の強すぎる程の存在感が薄れた。


相分あいわかった。戦乙女バルキリー、サリナス」


「はっ!ここに!」


 姿勢を正しサリナスさんがお妃様に相対あいたいする。その姿は孫が祖母にするものではなく、主君に対する騎士の姿であった。


「其方にもう一つ名を与える。…そうよな」


 お妃様は少し考えると再び口を開いた。


「サリナス・ケレト・ダライブルグを名乗るが良い」


「は、ははッ!!」


 思わずといった感じでサリナスさんがこうべを垂れた。


「しかし、御用商人の座を全く欲さないとは…。孫娘が其方そなたを気にかけるのもよく分かる気がするのう…」


「お、お祖母様!!ッ!?し、失礼いたしました、お妃様!」


 珍しく動揺した様子でサリナスさんが声を上げた。…しかし難儀なもんだね、自分の祖父母を陛下とかお妃様と呼ばなければならないなんて…。


「よいよい。それよりも楽しみにしておるぞ、デンジ殿」


「あっ、はい!塩の事、必ずや…」


 少し気を抜いていた僕は慌てて返事をした。


「それもあるが…、いつかこう呼ばせてもらいたいものだ」


「そ、それは…?」


 にんまりとお妃様が僕を見て笑った。そして目を細め少し間を空けるとハッキリと言った。


婿殿むこどの、じゃ」


□ □ □


サリナに与えられた新たな名、サリナス・ケレト・ブルグとは?その意味が語られる…次回、『名前の意味』。お楽しみに

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