第51話 風が吹いたらもう一人


「なるほど、浴室の使い方について…」


 サリナさんの『一緒に入浴未遂』という爆弾発言をライに訂正するような形で僕は釈明に追われた。


「そうそう、私がこの宿。考えてもみよ、全面タイル張りの浴室、そして髪を洗う際の白き霊薬とも言える液体の石鹸があってな」


「え、液体の、石鹸!?」


「うむ、ボトル表面には薔薇のように赤い花が描かれていてな。その花の香りを封じし石鹸とのことだ」


「そ、そう言えば…、姫様!?姫様のおぐしつややかで…なめらかで…」


「ふふふ、そうであろう。我が髪ながら香りも良し、手触りも良し。私はこの身を槍と共に神オーディンに捧げんと思っていたが、なかなかどうして…。女子おなごサガうずいてならぬ、男も女も無い…ただ一心に神と公国くにのために尽くそうと考えていたのだが…。デンジ殿のような伴侶を迎えるのも悪くはないやも知れんな」


 公爵家…、それも公爵直系の孫娘であるサリナさんがとんでもない事を言い出した。


「なんと!?姫様…」


「別に不思議な事ではあるまい?」


 驚いた様子のライが声を上げた、しかし当のサリナさんはどこ吹く風といった様子。


「この世に生を受けて十七年、貴族の子女として誰々に嫁ぐと決められるのは童女わらべのうちからでもおかしくはない」


「姫様…」


「生まれたのが男子であればあの家に養子に入れ、女子ならば嫁として送り込む…。そんな権謀術数渦巻く中に放り込まれるのが貴族に生まれし者の宿命さだめ。私は戦乙女バルキリーとしてこの身をオーディンに捧げておるゆえ表立ってそういった話は出てこなかったが…」


 ふふ…、サリナさんが笑う。


「デンジ殿、共に旅し戦い過ごす中で私は貴殿をずっと見ていた。敏腕商人というだけではなく、いざという時には戦う勇気もある」


「そ、そんな、戦う勇気だなんて。僕は塩を店の中に置いて運んだだけで…。それにあの一袋を持ち上げるだけで僕なんかヒイヒイ言ってしまいます、皆さんみたいに強くない…」


「そんな事はないッ!」


 がしっ!!


 ライは両手ダブル壁ドンをしていた手を今度は僕の両肩に置いて間近に寄せてきた。


「それも貴方の…、いやおっと殿!!」


「お、夫ォォ!?」


「そうだ!聞いてくれ夫殿!貴方は強い殿方とのがただ!だからアヌビス殿もついて来られたのだろう?それに商店を呼び寄せられるのも貴方の能力ではないかッ!」


「え?ええ!?」


「わ、私の雷のちからとて同じだ!私自身が生み出せる訳ではない、我が神…雷神トールのお力をこの身にお借りして放っているに過ぎないのだ!私の力ではない、だがそれを姫様の…公国おくにの為に使わせていただいているのだ。私の…、不動のライの力としてな…」


「デンジ殿、その力を小さく評価するものではない。その力こそが我が公国くにを救ってくれているのだ。もしセキザンから商人に運ばせていたならもっと金がかかる、使わずに済んだ金は他の事に使ってやれる。それで国や領民たみが富めばこんな素晴らしい事はないではないか」


「姫様のおっしゃる通りだ、デンジ殿ッ!!そ、それとも…わ、私のような女子おなごはお嫌いか!?た、確かに…ぶ、無骨であり、父上くらいしか殿方に接した事がないゆえ女子おなごとしての魅力はないかも知れないが…」


「い、いや、そんな事は…」


「それならッ!!」


「まあ待て、義姉妹しまいよ。そう強引に迫るものではない。デンジうじが困っているでござるよ…」


「むっ!フウか…」


 僕につめ寄るライの肩にいつの間にか赤髪の騎士フウがポンと手を置いて止めた。


夫婦めおととは末長く共にいるもの…、そのように会ってすぐにグイグイといくものではない。時間をかけ理解していくものでござるよ」


「むう…」


 赤い髪色の見た目とは反対に落ち着いた物言いをするフウ、そのおかげか暴走気味だったライがしずまってきた。


「落ち着くでござるよ、ライ。いては事を仕損じるとも言うぞ。それにデンジうじのお気持ちも考えねば良い女子おなごとは言えぬでござるよ…」


「そ、そうだ…な」


 すっ…。


 ライが僕の肩から両手を離した。た、助かった…。


「ところで…、デンジうじ


 ライの横に立つフウがこちらを向いた。


「え、あ、はい」


 不意に呼びかけられた僕は戸惑いがちに返事をするとフウはその頬を赤く染めながら口を開いた。


「デンジ氏は…、その…。拙者のような…赤髪せきはつの者はお嫌いでござるか?」


 お前もかよ!?僕は心の中で声を大にしてツッコミをしていた。


□ □ □


次回、傳次郎は公王閣下と謁見の場に…。


『謁見、ダライブルグは女の城』。


お楽しみに。


三章冒頭にキャラクター紹介『フウ』追加しました。

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