第22話 帰ってきた傳次郎


「デンジよ!突如消えたと思ったら…、なんじはどこをほっつき歩いておった!?」

あるじよ、我を置いて行くとは…」


 異世界に戻るとシトリーとアヌビスが僕を出迎えた。二匹ともかなり不機嫌な様子だ。


「ごめんね。だけど手に入れてきた物があるんだ」


……………。


………。


…。


 ぱたぱたぱた…。

「ふにゃっ!ふにゃっ!」


 ぽとっ、しゃりしゃりしゃり…。

「わうっ!わうわう!」


 僕が右手で操る猫じゃらし、そして左手で投げる鈴入りのボール。その二つそれぞれにシトリーとアヌビスが夢中になっている。シトリーは右の前足で猫じゃらしを捕まえようと…、時に噛みつくようにしている。アヌビスは音を立てて転がるボールに飛びついてくわえると再び投げろと僕の元へ駆け戻ってくる。


 最初のうちこそ魔族の妾がとか神族の我がこんな子供騙しで…なんて言っていた二匹だがいざ遊び始めたら僕が手を止めると早く続きをしろと言う始末だ。


 遊び終わってみれば二匹は満足しているようだった。


「ね、『ねこじゃらし』…。恐ろしいのじゃ、妾が…む、夢中になってしまったのじゃ」

「音を立てて転がる『ごむぼうる』…、この小さな玉が我の狩猟本能をこれほどかき立てるとは…」


 見ていた僕からすると非常に微笑ましく、たいへん可愛らしいものだった。それともう一つ、僕がいない間にシトリーとアヌビスはケンカをせずに大人しく待っていたらしい。それを聞いて僕は思わず二匹を抱きしめていた。

 

「これ、やめい!!妾はあの『ちゅ◯る』を得る代わりに争いをせず守護をしてやると言ったからの。契約じゃ、契約を守ったに過ぎぬのじゃ」

「我は主の忠勇なる者、その留守を預かるに無用な争いはせん。此奴こやつが仕掛けこぬ限りはな」


「とんな理由でも嬉しいよ」


 明日は早い、僕は残っていた用事を手早く片付けると早々に布団に入る。


「ふん、光栄に思うが良い。妾が汝と同衾どうきんしてやる」

「主よ、この者と一緒に寝るといつ寝首をかれるか分からぬ。我も共寝ともねをする」


 そう言うと二匹は布団の中に潜り込んでくる。


「ええい、痴れ犬!狭苦しい、さっさとしとねから出ぬかバカ者!」

「お前こそ出ぬか、進んで主の布団に入ろうとする尻軽が!」


 もぞもぞもぞもぞ!


 布団の中で激しく争い動く二匹、…僕は今夜眠れるんだろうか。そんな事を思いながら僕は目を閉じるのだった。



 翌朝…、日の出と共にルイルイさん達三姉妹と商業都市に向かう。足元にはシトリーとアヌビスもついてきている。


 二匹には目立たないように…、特にシトリーには羽を使って飛ばないように言っておいた。その言葉を守りシトリーは背中の羽をたたみ、大きな黒いブチにしか見えないようにしている。偉い偉い。


 昼食は冷蔵庫で保管していたサンダーバードの肉を使った。焼鳥のタレ、バーベキューソース、あとは単純に塩と色々と試してみた。狩猟した野生の鳥獣肉をジビエと言うらしいが、そこは自然で獲れた物。


「これ、胡椒こしょうでしょ?」


 肉の仕込みをしている時にアイアイが問いかけてきたっけ…。彼女が言うにはいかに新鮮なものでも生臭さがあると言っていたので胡椒を使ってみたのだ。テレビの料理番組でやっていたのを思い出しながら肉に擦り込むようにしてから冷蔵庫で数時間ほど置いておいた。


 それを焼いてみるとこれがなかなかに上手い。高級地鶏なんてものを食べた事はないが、近所の農家の方がつぶした鶏を分けてもらった事はある。少なくともそれより美味しかった。


「生臭さはないし」

「味付けも絶品ね」


 ルイルイさん達にも胡椒の下ごしらえとこの味付けは好評だった。ちなみにシトリーとアヌビスは塩胡椒をして焼いた肉を喜んで食べていた。


「ふむ。胡椒か…。これこそ我にふさわしい高貴な物よ」

「派手な味付けはいらぬ、このぐらいの方が肉の味がよく分かる」


 僕が呼び出せる店舗兼住宅は狭苦しい場所でなければいつでも出現させられるし、いつでも寝泊まり出来る。急な通り雨を避けるために店舗に避難すると、


「雨にはいつも難儀なんぎしていたのにこんな簡単に雨宿りできるなんて」


「それだけじゃないわ。すぐに使わない荷物を置いておけるんだから身軽さは段違いよ」


「そうね、身の安全もそうだけど荷物を守るのも大切だからね」


 歩くしかない移動は大変だったけど、野営という名の野宿をせずに済むと思えばそのありがたさが分かる。屋根も壁もない真っ暗な屋外、雨風もそうだがモンスターや野生動物が命や荷物や食料を狙ってくるかも知れない。冒険者の戦いはなにも武器を交える事だけじゃない、屋外での生活その全てが戦いなのだ。


 そんな事を痛感しながら僕は商業都市への道を歩むのだった。




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