第19話 この街を出よう


「そう言えば…、良かったんですか?その…、冒険者ギルドを抜けてしまって」


 僕は気になっていた事をルイルイさん達に尋ねた。僕の騒動の影響なら申し訳ないからだ。僕が三人についてきた事がこの騒動を招いたなら何て言ったら良いのか…。


「良いのよ。ここも潮時かなと思ったし」


 ルイルイさんが応じた。ギルドマスターに呼ばれた三人が部屋を訪ねてみると、彼は最近シトリーやアヌビス達と出会った森や僕がいきなり転移したダンジョンに大きな魔力の揺らぎがあったと複数の冒険者から情報が上がってきたらしい。


 その森を行き来してダンジョンに行ってた訳だから『お前達、何か知らないか?』みたいな話であったらしい。それなりに活動していた冒険者達も戻ってこなかったというのもあり、ギルドとしても詳しい事を把握しておきたかっらたらしい。


「仲間割れしてた連中の事ですね。あいつら、全員戻らなかったんだ」


 ギルドを少し離れた開けた所で僕は素早く店舗を出現させルイルイさん達、そしてついてきた二匹を中に招き入れた。素早くシャッターを締める、これでどんな話をしても外には洩れない。


「そのようね。だから何でも良いから情報を欲したんでしょうけど…」


 かつかつ!!

 はぐはぐ!!


 畳敷きの部屋、冬は炬燵こたつとして使う座卓を四人で囲み紅茶を飲みながら話す横でシトリーとアヌビスがペットフードを食べている。


「それにここの冒険者ギルドって閉鎖的…って言うか、男尊的なのよね」


「そうそう。ギルドとかでしつこく声をかけてくるのもいるから何とかしてって言ったんだけどね。『むしろ声かけられてるうちが花だぞ』とか言ってまともに取り合ってくれないし」


「声をかけられても迷惑なだけな場合もあるからねえ」


「そう、それ!」


 僕の言葉にアイアイが大きく頷いた。


「皆さんはこれからどうするんですか?」


 その事が気になり僕は問いかけた。


「そうね。私達、このマウローを離れようと思うの。それで商業都市セキザンに行こうと思っているのよ」


「商業都市?」


「ええ。セキザンはどこの国にも属さない自治都市でもあってね、様々な物産が集まるのよ。金品が動くなら冒険者の仕事もある…。そう思ってね」


 そうか、商隊キャラバンの護衛とかかな。


「それに向こうにもダンジョンがあるのよ」


「へえ、それなら護衛以外にも色々なお仕事がありそう」


「そうね。でも、攻略した人はまだいないの」


「そうなんだ、手強いモンスターがいるとか?」


「詳しくは知らないからセキザンに行ってみてかなあ。でさ、デンジはどうするの?」


「僕?僕はどうしような…。戦うすべはないし、商売するにしてもなあ…。商業ギルドに加入出来るとは限らないし…。僕に何ができるか…。いや、待てよ」


 僕は一つの事を思いついた。


「デンジ君、どうしたの?」


「みなさん、僕もついていって良いですか?」


「それは良いけど…どうして?」


「ええ、この街では冒険者は無理。それにギルドからはどんな感情を向けられてるか分かりませんし…。だけど、ちょっと思いついた事がありまして…」


「それなら話は決まりね。一緒にいきましょう」


「良いですか?ありがとうございます。野営の時には遠慮なく昨日の部屋を使って下さい」


 そんな訳で僕は商業都市セキザンに向かう事にした。


 かりっ。


「ふにゃあ」

「くぅん」


 ペットフードを食べ終わったシトリーとアヌビスが僕を前足の爪で文字通りちょっかいをかける。


「え?なんだい?君達も来てくれるの?」


きょうが乗ったのじゃ。ありがたく思うが良い、汝を守護してやろう。じゃからホレ、アレじゃ!あの生の食感が素晴らしいアレを食わせるが良いぞ」


「ふん、食欲につられた野良猫がエサをタカるでないわ!だが、我は違うぞ。其方そなたあるじと認めその身を守る剣にも盾にもなろう。それゆえ俸給ほうきゅうとしてあの『わんちゅ◯る』というあの美味を所望しょもう…」


「貴様も人の事を言えんだろうが、このれ犬が!!」


 たちまち二匹が睨み合い威嚇をし始めた。


「もう、ケンカはダメ!」


 僕は二匹を止めに入った。


「ねえ、デンジ。このワンちゃんとネコちゃんも連れて行くの?」


 あれ?今、二匹が喋ってたの聞こえてない?


「安心せい。汝以外には聞こえぬ」

「主以外には鳴き声としか認識されておらん」


 なるほど、それなら安心だ。


「うん、そのつもりだよ。ギルド内で僕を助けてくれたしね」


 そう言って僕は二匹が欲しがっている『ちゅ◯る』と『わんちゅ◯る』を取り出した。


 ぺろぺろぺろ…。


 二匹が夢中になって舐め始める。


「とりあえず街に戻ったばかりですし今日はゆっくりしましょう。明日はセキザンに向かうんだから」


 そう言って僕は明日からの事を話し始めた。この世界の食べ物に慣れるために三姉妹が持っていた保存食も試しに食べてみる事にした。もっともこれについては調理家電もありしっかり煮ることが出来た。


 取り出した干し肉はやたら分厚いスルメみたいな感じ、携帯食のパンもこれまたやたらと固いおのような感じか。もっとも塩をかせている訳ではなく、ただ干したような物だ。だから干し肉にもパンにも味はない。これを野営の時にはそのままかじるか、煮て柔らかくして食べるという。


 鍋で煮上がった物を口にしてみる、…味がない。確かに腹は膨れるだろうが…、食事を楽しむという感じではないな。あくまで空腹を満たす、それだけの物という感じだ。


 しかしここはよろず屋だ、もちろん調味料もある。だが、いくら味を付ける事ができてもこの保存食を望んで食べようとは思えなかった。出来上がったのが乾燥肉とお麩の煮物といった感じの物だったからだ。しかも肉からは独特の獣臭さがある。ああ、なるほど…胡椒とかの香辛料が求められる筈だ。料理の美味しさを求めてという事もあるだろうが、この肉に含まれる獣臭さをなんとかしたいのだ。この異世界には冷蔵庫なんて物が無いのだから当然肉は狩猟した時から劣化が始まる。


 三姉妹は初めて食卓を囲んだ時に食パンとレトルト食品のハンバーグに感動していたが、こうして保存食を食べてみると分かる。段違いだ、肉は柔らかいしデミグラスソースは美味い。なるほど、保存食と比べたら…こりゃあご馳走だ。


 そんなこの異世界の生活様式を少しずつ体験しながら僕は頭の中でこれからここでどう暮らしていくか…、そんな事を考えていた。


……………。


………。


…。


 食事と話し合いを終えると僕らは早めに休む事にした。なにせ街灯も何もない道を歩くのだ。日の出ている間だけ歩き、日没の頃には野営。明るい時間は限られている。だから明日は早起きする必要がある。僕は自室に、ルイルイさん達三姉妹には昨日と同じ和室で休んでもらう事にした。


 店の中にあるパンや冷蔵の食品もある。受け入れられるかは分からないけど自分で食べる為の米もある。仮に外に出られなくてもこれならしばらくは食べていけるだろう。ありがたい事に水は蛇口を捻れば出るし、外はレトロな外観だが太陽光パネルにオール電化装備の店舗兼住宅は寝泊りするのには十分だ。


 それに異世界の太陽光は発電効率が良い。一時間ちょっと地上にいれば蓄電池がフル充電状態だ。これが売電出来ればなあ…。きっと儲かるだろうに…。それを思うと小さなため息が出た。


 畳に敷いた布団を見れば部屋についてきたシトリーとアヌビスに占領されている。二匹とも可愛い顔して眠っている、口を開けば何かといがみ合うがこうしているとなんとなくだが似た者同士というような印象を受ける。


 それにしてもシトリーにアヌビスか、聞いた事あるな。特にアヌビスの名前には聞き覚えはある。こういう時は検索だ、僕は何気なくパソコンの電源を入れると見慣れた壁紙が映った。シトリーやアヌビスを検索しようと試みたがネットに接続出来ない。


 そうだ…、店ごと異世界に来ちゃったモンだからつながらないんだ。


「どうしよう、これじゃ日本に戻れないよ…」


 僕がそうして落胆していると画面に見慣れないショートカットがある事に気がついた。魔法陣のマーク、そしてその下には『傳次郎でんじろうへ…』の見出し文字。


「この魔法陣…あの時の?」


 征一郎せいいちろう兄さんが僕を…、そして加代田商店ごと異世界に送り込んだ魔法陣…。


 ハッキリ言って兄はロクな事をしない…、最近までの朝ドラで『ニーニー』と呼ばれる人物が悪評だらけだったが似たようなものだろうか。

 

 しかし、他に出来る事はないし…。僕は意を決してマウスを握るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る