第17話 絡んできたヤツらはどうした?


「違うぞ、豹の体じゃ!」

「我は狼の体にバーを宿す者なり」


 二匹は僕の方を振り向いて応じた。うん、間違いない。確かに喋っている。凄い、さすが異世界、猫も犬も喋るんだ。


 ざわざわ…。


 冒険者ギルド内が騒がしくなる。


「ダ、ダン達が消えちまった…」

「ど、どういう事だ?あの新顔と猫と犬にちょっかいかけてると思ったら…」


 ねえ…。殴りかかったり刃物抜いて殺しに来たりしたんだけどな…。


「何をしているッ!!」


 ギルドの奥から一喝するような大声が響いた。声のした方を見ると何やらいかつい体の中年男性が階段を降りてくる。その後ろにはルイルイさん達三姉妹が続いて降りてきていた。


「ギ、ギルマス!ダン達が消えちまった…」


「なぁにい〜?消えただとぉ?あの三人組がか?」


「そ、そうだ。あそこにいる新顔に絡んでたら…」


 一階に降りたギルドマスターと思しき人物がこちらを向いた。濃いなぁ、昭和の少年漫画で世紀末に覇王を名乗りそうな迫力だ。もっともこの冒険者ギルド、中にいるのは一癖も二癖もありそうな男達が多い。さっきのダン達三人組みたいに日本で言えば愚連隊ぐれんたいみたいなヤツらもいる。そんなヤツらをまとめ上げるとか、言う事を聞かせるんだからマスター自身も猛者もさである必要があるんだろう。


「新顔?」


 ギルドマスターがこちらに視線を向けた。正直、怖い。


「デンジ、何があったの?」


 たたっ!軽いフットワークでアイアイがこちらにやってきた。


「知り合いか?」


「うん、ダンジョンの中で初めて会ってね。それから一緒に街に来たんだよ」


 アイアイが簡単に事情を話した。


「ふむ。…で、何があったんだ?」


 こちらに視線を向けギルドマスターが問いかけてきた。その瞬間、僕はカチンと来た。


「…話すのが当然みたいに聞かないでくれるかな?あなたが冒険者ギルドマスターってのは分かった、だけど僕に従う理由はあるの?冒険者ギルドに加入した覚えはないけど?」


「何ッ!?」


 ギルドマスターと呼ばれた男が鼻白んだ。


「そうね、彼はあくまで私達と一緒に来ただけで別に冒険者ではないわ。この街にも初めて来たみたいだし…、従う理由は確かにない」


 ルイルイさんが冷静に告げた。


「そうなのか?なら…、お前達何があった?」


 ギルドマスターは大きな声でギルド内にいる冒険者達に呼びかけた。


「よ、よくは分からないが…その新顔がルイルイ達と一緒に入ってきた事をダンは気に入らなかったらしい。それで…」


「ちょっと痛めつけて、ついでに小遣い銭でも取ろうとしたんだろう。難癖つけて絡んだんだ」


「そしたらよぅ、いつの間にかギルドに入ってきてたそいつの足元にいる犬と猫みてえなのがダンに体当たり食らわせて…。そんで、キレたダンが刃物抜いて」


「ガツとバズにも刃物抜かせて新顔と犬猫に切りかかったんだ。そしたらヤツら、いきなり腕一本切り飛ばされて…。その後、ダンは謝るフリして不意打ちしようとしたんだがもう一本腕を飛ばされて…。気付いたら底無し沼に飲み込まれるみたいに消えちまったんだよ…」


 周りにいた野次馬達が事のあらましを話している。


「なんだ、しっかり見てるじゃないか。それで助けなかったのか」


 僕は思わず呟いた、しかし少し考えたら仕方がないとも思った。他人のトラブルだ、それに首を突っ込んだって良い事がある訳ない。それに彼らは冒険者、僕の身を守って欲しいなら護衛になってもらうべきだ…もちろん有料で。


「腕を飛ばされただとお!?…だが、それなら身柄ガラがどっかに消えても血の跡くらい残ってるもんだろうが?」


「そ、それが何もかも綺麗サッパリ…。まるで汚れた石畳に水撒いて洗い流したみてえに…」


 目撃者の『洗い流した』という言い様にふと僕は水洗トイレで汚物を流す事が頭に浮かんだ。


「ふむ…」


 ギルドマスターが腕を組み何やら考え始めた。


「腕を飛ばされたって言ったが武器を…、ナイフひとつ持っちゃいねえ。魔法の使い手か?」


「いいえ、彼から魔力は感じないわ」


 ルイルイさんが首を横に振る。


「…とすると?」


 ギルドマスターの視線が僕の足元に移動した。そこには僕の方を向いて綺麗な形のお座りをしているアヌビスと名乗った子犬と、今は羽をしっかり折りたたみ背中に一対の大きな黒ブチがあるシトリーと名乗ったヒョウ柄の子猫が僕の足にじゃれついている。


「この二匹か?…お前ら、この二匹が何かしたか?」


「いや、たしかに殴りかかろうとしたダンに走ってきて体当たりを食らわせたが…」


「あ、ああ。飼い主を守るみたいに。だけどそれからはそんなに…ちょっと飛びかかる様に体当たりはしてたが…。あとは『ワンワン』とか『ニャーニャー』鳴いてただけだぜ?」


 ん?この子猫と子犬、確かに喋ってたぞ?僕の頭に疑問符が浮かんだ。


「不思議な事ではあるまいよ、妾の力があれば聞かせる相手を選べる。汝には意味ある言葉でも、他人には子猫が鳴いているようにしか聞こえぬであろう」


しかり。そこな野良猫が言う通り」


「誰が野良猫じゃ!!このれ犬が!」


「何ッ!?あの森での続き、今からやるか!?」


「やらいでか!!フシャーッ!」


「言ったな、クォルルルッ!!」


 たちまち二匹が威嚇し始めた。あれ?今まで意味のある言葉だったのに。今では本物の犬と猫が出すような声しか上がっていない。


「ほら、ダメダメ!!」


 僕は二匹の間に入った。二匹のケンカを止めるためだ。


「フシィッ!止めるでない!」

「クルルル!そうだ!今から我は此奴こやつを冥府に…」


「とにかくケンカはダメ!君達には今助けてもらった恩もあるし…。ここを出たらまたご飯にしよう。だから、ね?ケンカしたらダメ」


「ご飯じゃと?」

「ぬ…?」


 二匹の殺気が和らぐ。


「仕方あるまい。なんじに免じて今はほこを収めるのじゃ」

「不本意だが…、一時休戦とする」


 とりあえず二匹のケンカ…、それも多分ケンカというレベルじゃ済まない戦いは回避されたようだ。


「うーん。猫と犬だな…、どう見ても。可愛い声で鳴いているようにしか見えん…。新顔、お前が飼ってるのか?」


 僕は二匹とのやりとりで少し落ち着いてきた。まあ、このくらいなら応じても良いか。


「いや、森の中で偶然出会ったから食べ物を与えた。多分、その恩を返してくれたんじゃないかと思う」


「だとするとなんでだ?どうしたらダン達から絡まれて無事でいられる?」


 知らないよ、自分で考えろ。ギルドマスターの言葉に僕は胸の中で悪態をついた。それに真実を話したところで事態は良い方には転がらないだろう。


「もしかして…、デンジの胸に差したサンダーバードの尾羽のせいかな」


 アイアイが不意に呟く。


「サンダーバードの羽は…、特に一本しかない尾羽は何よりの幸運のお守りって言うし…」


「そ、そうかも知れねえ!ダンの奴、その羽も奪おうとしてた。そしたら…」


「バ、天罰バチが当たったんだ!」


 冒険者達が再び騒ぎ出した。どうやらこの異世界、魔法なんてものがあるせいかずいぶんとオカルト的と言うか迷信深いようだ。


「なら新顔、その羽に願ってくれねえか?三人を戻してくれってな。ヤツらもそれなりに腕利きでな…」


「やなこった」


 僕は即座に言ってやった。

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