第13話 くっ!殺せ!(小さな二匹目線)


 妾はシトリー、魔界では大公爵と呼ばれる魔族である。


 仕留めたサンダーバードを挟んで妾と犬っコロが睨み威嚇し合っていた時、割って入ってきた者がいた。


「あああ、ダメだよ!ホラホラ!」


 そんな声を上げながらやってきたのは隙だらけの人間の男であった。なんというか、見慣れない服を着ている。


 人間より一回りは体が小さく体力も劣るはずのゴブリンの方が強いのではないか…そんな風にさえ思う。身のこなしを見ていれば分かる、コイツは争いとは無縁の生活をしてきたようだ。平和ボケ…、そんな単語が頭に浮かんでくる。


 それにしても…。此奴こやつは分かっておるのか?馴れ馴れしく妾に声をかけてきおって…。それにそこな犬っコロもただ者ではあるまい、妾に重圧プレッシャーをかける存在…。そんな中を無防備に…、此奴頭がおかしいのか?


「こんな所でケンカして、もしケガでもしたらどうするの!?」


 いや、それはこちらのセリフじゃ!むしろこのケンカに巻き込まれたらお前がケガをするわ!いや、ケガで済めば相当な幸運ぞ?ハッキリ言って一撃でほふったサンダーバードの足元にも及ばぬ脆弱な人間が妾達の争いに巻き込まれたらちり一つも残らぬ。


 しかし、この人間ときたら妾の心も知らずに世話を焼こうとする。


「もしかして、お腹が空いてる?だからこの鳥を巡って争っていたんだね。ケンカしないで待ってて。食べ物を持ってくるから、良いね」


 そう言ってその男は茂みの向こうに駆けていった。


「……………」

「……………」


 妾も、対峙していた犬っコロも毒気どくけをぬかれ思わずたたずんでしまった。正直、あのような阿呆あほうを見てしまうとそれまでのたかぶっていた気勢ががれてしまう。それは犬っコロの方も同じだったと見える。なし崩しに休戦となってしまった。


 すぐに男は何やら包みを抱えて戻ってきた。薄っぺらいが妙に真っ白な奇妙な物を皿に見立て『ご飯だよ』と言いながら乾いた小さな粒々つぶつぶを盛り付けた。


 これは何じゃ?妾にきょうじるに相応しきものなのか?なんらかの魚を加工し干した物のようじゃが…こんなもの喜んで食うのは野良猫が関の山であろう。人間風情が…、調子に乗るでないわ!


 …だ、だか、その人間とやらの下等な味覚に付きうてやるのも一興か。妾は魔界の大公爵、普段ならこのような得体の知れぬ物など決して口にはせんのだがここは肉体を伴う物質界…。ならば肉体なくしては存在できぬ人間とやらの味覚を試してみるのも悪くはない。…け、決して風に乗ってきた匂いに釣られてではないぞ!


 ふと隣を見れば犬っコロが尻尾を振りながらむさぼるように食ろうておるわ!あれも何某なにがしかの魔に属するのであろうにその誇りを忘れたか!まるで本物の犬のように人に媚びおって…。


 むっ!?なんじゃ人間!その今までとは違う乾燥してないその食べ物は…。どうやら魚を練り生の食感を残したようじゃが…。図に乗るなよ、小童こわっぱがッ!!干した魚を妾にけんじ、たまたま吐き出さなかったからといって絶賛したとでも勘違いしおったか!?


 む、なんだ、風に乗ってきたこの香りは?こ、これが真の魚の香りと風味と言うのか!?


 ぬう…、乾燥させていないからこそ得られるこの食感。さらにこの瑞々みずみずしさは何だ、さらにこの舌の上でとろける魚のあぶら…。これはそこらを流れておる川の魚か…、いや魚の姿をした魔物もおる、それらは水に住む訳ではない。森の中を飛んで移動したりもする。


 では、これは海の魚か?馬鹿な、ありえん!ありえんぞ!


 これほどの魚ならばある程度は体が大きくならねばならぬ。そうなるとコイツは深海で育った魚か?深海は海王ポセイドンが領域…、うかつに手を出せば彼奴きゃつとぶつかる事となり半端な結果に終わるとは思えぬ。そ、それにしても…う、う〜ま〜い〜ぞ〜!!



 我はアヌビス、冥界に属する神族である。


 どこぞのはぐれ魔族と思われる野良猫か山猫が文字通り『盛りのついた猫』のように喉を鳴らしている。


 ふん、気取って構えていたくせに甘え顔でむさぼり食うサマはなんだ。魔族の誇りとやらは無いのか。


 ま、まあ、しかしだ。この人の子が差し出した食物…、これがなかなかどうしてあなどれぬ。


 最初はただの干し肉かと思うたが、なかなかどうして馬鹿にできぬ。これは肉を一度細かく刻んだものを練り上げ干したものか。旨味もありあぶらもある、良い肉だ。噛むとカリッカリッと音が立つような固さや食感も好ましい。


 だがこの人の子からの献上物、肉だけではないようだ。肉以外の物も一緒に練り込んでいるようだ。はて…、これは?これはもしや野菜かッ!?


 ぬうっ!我は狼の特性も持つ神族ぞ!狼は肉以外は口にせぬのだ、それを…。


 む、むう。わ、悪くない。ややもするとこの肉だけではあぶらが強いかも知れぬ。それを野菜が抑え、同時に新たな風味も与えておる。我の舌をこうまで満足させるとは…、この人の子なかなかにやりおる。


 我がしばらく食べ進めておると人の子はさらに何かを取り出した。


 な、なんだ!?何をする気だ、人の子よ!?その奇妙なトロリととろけるような食べ物は…?い、いかん、つい見てしまう。これ絶対うまいやつ…、我の直感がそう告げている。し、しかし我が人の子の食べ物に屈するなど…。


 だ、駄目だ、この匂い…我の理性が吹っ飛びそうになる。耐えろ、耐えるのだ…、我。しかし、我の嗅覚は鋭敏だ。ほんのわずかな匂いさえ人の子ならば鼻先に突きつけられているのと同義だろう。


「クゥ…!クォロロ…(くっ…!殺せ…)」


 我の神族としての最後の誇り…、それが人の子に屈するくらいならばと思わず殺せと口にしてしまう。


 そんな時に不意に風が吹いた、トロリとした謎の食べ物の匂いを運んでくる。…もう無理だった。


 ぺろぺろぺろ…。


 我は猫になってしまったのだろうか、人の子に差し出されたそれを隣にいる野良猫と同じように一心不乱に舐め回していた。しばらくすると人の子は手で持ち続けるのに疲れたのか紙の器にそれをあけた、我は夢中になって舐め回す。


 ふと隣を見れば野良猫が人の子に腹や喉元を撫で回されゴロゴロと飼い猫のようにしていた。牙の形などから豹か虎かと思ったが、しょせんどこの馬の骨とも知れぬ魔族だ。誇り高い我ら神族はそのように人の子に媚びたりはせぬわ!狼は他に屈したりはせぬのだ?


「お手!」


 しゅたっ!!


 はっ!?わ、我は何をしているのだ?み、右前足を思わず差し出してしまった!こ、これは利き腕を預ける行為…、つまり『貴方には逆らいません』という意思表示ではないか!?


「ははは、可愛いなあ」


 くっ、この人の子め…。我の葛藤も知らずに無邪気に笑いおって…。


「あれ?デンジー?いないのー?」


 茂みの向こうから声がした、人の子の声だ。マズい、誇り高き神族の我がこのような姿を晒すなどあってはならん!身を隠すぞ!


 ガサッ!!


 我は素早く身を翻すと森の奥に続く茂みに飛び込み姿を隠したのだった。







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