第12話 豹と狼(小さな二匹目線)


 わらわはシトリー、魔族である。


 ひょうの体、背には魔獣マンティコアに似た翼を持つと言われる。もっともマンティコアの翼は妾がたわむれにとある魔獣に妾に似せたものをくれてやったもの。するとヤツめ、より張り切って暴れるようになりおった。魔獣らしく魔性ましょう獣性じゅうせいに溢れたのであろう。


 そんな妾は何度目かの転生を行った。古くなった肉体を捨て新たな肉体を得るのだ。別にそのまま古い肉体であっても差し支えはないのだが、妾は老いというものが我慢ならぬ。何事も新しいものに限る、それに新しい肉体を得れば成長も見込める。今まで得てきたものに加えて新たな力を得れば妾はより強大になる。その為に幼体に生まれ変わったのだ。


 まあ、幼体に戻ると妾の能力も子供同然になってしまうがそれは仕方のない事。早く成長し成体となって力を取り戻そうぞ。その為にはまずは腹ごしらえじゃ、食べて肉体を養わなければならぬ。


「ふにゃにゃ、にゃにゃ(どこかで何か食える物を調達せねばな)…」


 幼体になると姿形もそうだが、声まで子猫同然になってしまうのが難点じゃ。魔界では公爵と呼ばれたこの妾が…。まあ良い、それもしばらくの辛抱じゃ。


 それに天界、魔界、冥界、どこに生まれ落ちるのかも分からんし…。どうやらここは物質界か、実体化した肉体に縛られた者どもが暮らす世界、霊体にもなれる妾達とはかけ離れた下等な者どもが暮らす世界。


 魔界の大公爵とまで言われし妾がこのような世界…。まあ良い、しばしの我慢じゃ。以前を上回る力を得るとしようぞ。


 その時、頭上を大きな影が横切った。


 あれはサンダーバードが…。よし、光栄に思うが良い。妾の血となり肉体になるが良いぞ。



 我はアヌビス、冥界で死者を管理する神の一柱ひとはしらである。人の体に首から上は狼の頭部を持つ姿として知られている。


 そんな我であるが、このたび重大な使命を帯びて物質界へとやってきた。物質界はその名の通り様々な物が存在する世界である。物ならば形があるものとなり、生きる者はこれ全て肉体を有する。それがこの物質界である。


 普段、冥界にいる我は霊体の存在であるが使命を帯びて来たとはいえそこはやはり物質界の縛りを受ける。すなわち、肉体の獲得である。同時に魂が肉体に縛りつけられたとも言える。…面倒な事だ。


 しかも物質界に来た事でもう一つの問題が起きた。肉体を得たが、それは当然この世に生を受けて間もない事を意味する。つまりこの物質界に来たばかりの我は生まれて間もない子供も同じ。肉体は幼体となり子犬ほどの大きさしかない。これでは振るう事が出来る力も子供同然、そこらへんの魔獣よりはるかに強いとは言えやはり不安はある。早急に肉体を成長させ本来の力を得なければならぬ、…使命を果たす為にも。


 我の使命、それは法則に逆らった転生を咎める事にある。数百年、時に数千年に一度みずからの力で転生をするやからがいるのだ。


 本来、転生とは一度死した後に冥府の審判を受け元の世界に返す価値があると判断された者だけが地にかえる事だ。


 人は生まれ変わる際に元の肉体をりどころとする。それゆえ魂がかえるべき肉体をいつか来る転生の日に残すため、ミイラ作りの秘法を人間に伝えた。


 だがしかし、我のそんな転生の考えを嘲笑あざわらうかのように勝手な手法を用いて転生を行う者がいる。我はこのたび、その転生を行った者の気配を感じ冥府を後にした。全てはよこしまな手法を用いて転生を行った者を滅すため…、この物質界に降り立ったのだ。


 しばらく歩いていると腹が鳴った。…ああ、なるほど。これが空腹というものか、肉体を持つがゆえに感じる感覚だ。


 だが、これは馬鹿にならない。下手をすれば飢え死にという事もあり得るのだ。それに肉体を持つ者は食べる事でその命をつなぎ、成長にもつながる。転生した者と戦う事になるかも知れん、この肉体が成長するに越した事はないだろう。


「くぅん?」


 何かが空を飛んでいるのに気付き我は視線を上に向けた。思わずため息をきたくなる、洩れた声がまさに子犬のそれだったからだ。


 まあ良い、成長すれば元の威厳ある声となるであろう。だが、それよりもだ。空を飛んでいるもの、それが我の目を釘づけにする。サンダーバード…、文字通り体に雷をまとう鳥だ。問題なのはその鳥の卵だ。


 それというのもあのサンダーバード、その卵から時に人間を生み出すのだ。全ての卵がそうなる訳ではないが由々しき問題である。生命の節理に反する、そう判断した我はかの鳥を狩る事にした。そして我のかてとしてやろう。


 我はかの鳥を狩る為に森の中を駆けたのだった。



「フシィィィッ(妾の獲物を横取りしようてか!身の程知らずの子犬めが!)!」

「クアアァァッ(羽付きの野良猫風情が大口を叩くな!この羽虫めが!)!」


 何も知らぬ者が見れば森の中で子猫と子犬が落ちている獲物をめぐって威嚇しあっているようにしか見えないであろう。


 睨んだ相手を子犬や野良猫と蔑んだ物言いをしているが、二匹とも対峙している者がではない事は理解していた。


 その身に雷をまとって飛ぶサンダーバード、今は地面にそのむくろをさらしているが決して弱いモンスターではない。


 幼体である二匹は子供そのもの、筋力など肉体的な力は自分がかつて子供であった頃と変わらない。しかし霊的な力である魔法なら話は別だ。これなら肉体の縛りを受けずに済む、肉体を得る前の霊的な存在の時のままだ。


 空を飛ぶサンダーバードに対してシトリーは体内の血液を凝固させる魔法を使った。得意とする冷気を用いた魔法の応用だ。


 一方でアヌビスは冥界に属する神の一柱である。すなわち魂を冥界に運び転生の際にはその魂を現世に戻す存在だ、言わば生死を司る魂の管理官。その秘術を用いサンダーバードの魂そのものを狩るべく魔法を行使した。


 しくも二匹が選んだ魔法は原理こそ違うが対象を即死させる魔法であった。血液が凝固した事が先か、魂が冥界に連れ去られたのが先か、あるいは同時か…いずれにせよサンダーバードは地に落ちむくろとなっている。


 仕留めたサンダーバードが元で二匹は邂逅かいこうを果たした、そして次の瞬間には獲物をめぐっての争い…すなわち威嚇を始めたのである。


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