ファミコンが来た日
白鷺雨月
第1話ファミコンが来た日
なんの前触れもなく父がファミリーコンピューターを買ってきた。
誕生日でもなく、クリスマスでもなく、お正月でもない。
昭和の終わりごろのある三月の日のことであった。
突然、そんなものを買ってきたので母とちょっとしたいい合いをしたのを今でも覚えている。
買ってきたソフトはスーパーマリオブラザーズとポパイの英語にベースボール。
今思えばけっうな出費だ。母が怒るのも頷ける。当時の僕はそれらが家に来たことを素直に喜んだ。
父は勉強にも使えるからと母を説得した。
本当は自分が遊びかっただけだと思う。
父は新しいものが好きだった。
ビデオデッキもベータタイプを買ってきたし、CDラジカセも愛用していた。
できたばかりのレンタルビデオショップに通いつめていた。
父とジャッキー・チェンの映画をよく観たのを覚えている。
僕が映画が好きになった原因の一つだと思う。
試行錯誤の末、テレビにファミコンをとりつけることに成功した。ビデオ端子なんかのないテレビに繋げるのは一苦労だった。
ファミコンの電源をいれるとあの独特の音楽が流れる。いい大人がコントローラーを握り、画面をみつめている。
スタートボタンを押すと画面の中の小さなマリオが走り出す。
そして最初のクリボーにあたって死んでしまった。
僕はきょとんとした大人の顔を初めて見た。
その後、僕はゲームに熱中した。
今のようにネットがない時代、ゲームの情報は雑誌か当時雨後の筍のようにいろいろな所に出来たゲームショップかクラスメイトからだけだった。
小学校の休み時間のほとんどをゲームの話をして過ごした。
とくにもりあがったのはドラゴンクエストだ。突如あらわれたファンタジー世界に僕たちは熱中した。
ある日の帰り道、僕はクラスメイトの女子に話かけられた。
彼女の名前は佐々木友希。
きれいに揃えられた前髪が特徴的なかわいらしい女の子だった。
あまり女子に話かけられたことのない僕はかなり緊張した。
「ねえ、吉野君ってファミコンもっているのよね」
と彼女は言った。
「うん、持っているよ」
僕は答える。
「よかったら、ファミコンで遊ばせて欲しいんだけど」
下をむきながら、顔を赤くして、佐々木友希は言った。
佐々木の話では彼女の家は厳しくて、ゲームはおろかアニメや漫画も禁止されているのだという。唯一見れるアニメは世界名作劇場ぐらい。ビックリマンも高橋名人もガンダムも知らないと言う。僕にとって驚愕であった。
確かに佐々木は典型的なお嬢様だった。
父親は大学の教授で母親は自宅でピアノ教室を開いているらしい。
その日、僕たちは自宅でゲームをして遊んだ。佐々木はなかなか反射神経がよくて、マリオを自分の分身のように操る。
「マリオってずっと水の中にいても息が続くのね」
ゲッソーを紙一重でよけながら、佐々木は言った。
その日から時々、僕たちはゲームをして遊んだ。
佐々木はゲームの腕をめきめきと上げた。
ツインビーは二人プレイしたとき、いつも先にやられるのは僕だった。
「このゲームやりがいがあるわ」
嬉しそうに言う、佐々木友希の顔は忘れられないものだった。
「上上下下左右ビーエー」
佐々木はある日の帰り道、そう言った。
「なに、それ」
僕は訊く。
「グラディウスの隠しコマンドらしいの。私、吉野君の家にもう行けなくなったの。私立の中学を受験するから。だから今日は最後にこの裏技を試してみたいの」
佐々木友希は言った。
佐々木友希の言う通り、全装備を持ったグラディウスが誕生した。
それが佐々木と遊んだ最後の思い出だ。
小学校を出て、中学にあがると今度はスーパーファミコンが発売された。
父は当然のように買ってきて、ストリートファイター2にはまった。
佐々木は私立の中学に進学し、彼女とゲームをして遊ぶことはなくなった。
大人になり、僕は仕事帰りにあるゲームショップにたちよった。
今ではすっかりレトロな存在となったファミコンソフトを購入するためだ。
「そうだ、これ久しぶりにやりたいな」
手に取ったソフトはアイスクライマーだ。
「あら、もしかして吉野君?」
そう声をかけてくる女性がいた。
きれいに切り揃えられた前髪が印象的な美人であった。
「さ、佐々木なのか」
僕は言った。
彼女とは約三十年ぶりの再会だ。
「ええ、そうよ。社会人になって私すっかりゲームにはまっちゃてね。仕事もゲームの雑誌の編集をしてるのよ」
そう言い、佐々木は僕に名刺を渡した。
「こんな偶然あるのね。よかったら連絡先教えてちょうだい。またゲームの話をしたいわ」
佐々木友希に促されるように僕はLINEを交換した。
彼女からもらった名刺の名前は佐々木友希のままであった。
ファミコンが来た日 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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