あの日君に出会った

直木美久

第1話

 一目惚れを、知った。


 初めて君に会ったのはこんな風に桜がちょうど満開の春の日。3年前だ。忘れるわけがない。

 それほどまでに衝撃的な出会いだった。

 土曜日の午前中。僕は大学時代からの友人と近所の大きな公園で花見をすることになった。

 場所取りを決めるジャンケンに見事に負けた僕は、大きな桜の木の下にブルーシートを敷き、座り込んだ。

 周りにもちらほら同じようなお花見集団がいたが、まだ午前中とあって、騒がしくはない。

 同じくジャンケンに負けたユウマはごろりと横になってスマホをいじっている。

 話しかける僕にも生返事。いつも休日は昼まで寝ているんだ、と目を時々こする。

 仕方がないなぁと、僕もあぐらをかいて、学生時代から使っている薄汚れたリュックを引き寄せ、文庫本を探した。


 その時、突風が吹いた。

 驚いて顔を上げた僕。

 これから広げようとしたのだろう、くしゃくしゃになった、僕らの味気ないブルーシートとは違って、かわいらしい花柄のシートが転がっていくのが見えた。

 僕は立ち上がり、靴下のまま芝生を駆けてシートを拾った。

 ふわふわとスカートを膨らませながら、君が駆けてくる。


「すみません」


 少し高い声。目じりを下げて笑う顔。白いシャツが君の白い顔を余計に明るくしていた。

「春」を体現したかのような人だと思った。

 僕の心臓は高鳴り、あっという間に汗をかいた。


「ありがとうございます」


 いえ…と小さく口の中でつぶやくように言う。

 言葉を探す自分と、からっぽの頭と、代謝の上がった体。

 君にシートを手渡すと、当然君は軽くお辞儀をして、去っていく。

 僕はその後姿を呆然と見送った。

 僕たちの陣取った場所から少し離れた、別の木の下に、僕たちと同じように友達とシートを広げている。

 僕らのシートからでは角度的に君のグループは見えず、僕は花見の間中ずっとソワソワしていた。かと言って終わってからも盛り上がっている君たちのグループに声を掛けにいく勇気もなく、落ち込んで帰るしかなかった。

 翌日、朝、駅のホームで会ったとき、僕は勇気を出して、声をかけたんだ。君は笑って

「昨日はどうも」

と言った。

「よく会いますね」

とも。

 僕たちはそれから朝度々仕事に行く前、同じ電車になると挨拶を交わすようになり、少し話すようになり、電車の中でも並んで立つようになり、デートに出掛けるようになり、一年が過ぎて、僕は思った。

 ずっとずっと、君の隣にいたいって。

 出会った頃と同じような春の日に、僕はプロポーズをした。

 微笑んで頷く君と、もうずっと一生一緒だと思ったら、今まで味わったことのないようなじんわりとした幸せが身体中に広がって、やっぱりその春も、一生忘れられない日になると思った。



「私も、同じこと思ってたよ」



 君は寂しそうに笑い、自分の名前を書いた用紙を僕に手渡す。

 ごめん、と言いかけて、僕はやめる。

 君は寝室に行く。僕は用紙にある自分の名前と君の名前を確認し、畳んで背広の内ポケットに入れた。

 それから脇に置いておいたスーツケースを押して外に出る。

 もう、いってきますじゃない。

 さようなら、だ。

 

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