朝まで生異世界
水曜
第1話
「ようこそ、異世界より召喚されし勇者よ」
目を覚ますと、男は見たこともない場所にいた。
周りは真っ暗。
眼前には人並外れた美女がいた。
「私は平和を司る女神。これからあなたには、私の作った世界へ行って人々を苦しめる悪しき魔王を倒してもらいます」
女神を名乗る女によれば、男は勇者であるという。
だが、男には戦うような術はなかった。
「大丈夫です。女神の加護をあなたに授けました」
「……」
「異世界から召喚された勇者であるあなたには、自動的に強力な能力が付与されています」
「……」
「誰であろうと、たとえ魔王が率いる軍勢とて敵ではありません」
「……」
良く分からないが、何か特別な力をもらったらしい。
特段何か変わった感じもしないだが。
「それでは、あなたの行く道に光あらんことを――」
「あの、ちょっと良いですか」
黙って聞いていた男が手を挙げる。
「まず、あなたは本当に神様なんですか?」
「もちろん、本物の女神です」
「では、仮にあなたの言っていることが真実だとして」
「いえ。だから私は本物の」
「つまり、あなたは僕を誘拐したわけですね」
「誘拐って……いえ、だから私は勇者を召喚」
「さらに誘拐した相手に対して、今から兵士として他国に侵略戦争を仕掛けてこいと」
「相手は魔王とその軍勢です」
「その魔王とやらは何をしたんですか?」
「だから、人々を苦しめているのです」
「敵が支配する地域の政治体制は? 経済状況は? 軍事力は? 他国との関係は?」
「ええっと」
「国民は本当に、敵を倒すことを望んでいるですか?」
「そ、それはもちろん」
「相手を倒せば本当に全て解決すると? しかも自分の手は汚さず? それは、単にあなたにとって都合が良いだけでは?」
「……そこはあまり突っ込まないでもらえると」
「はっきりとした答えを!」
テーテッテッテッテテー。
どこからか耳に残るオープニング曲が鳴るのを、女神は確かに聞いた気がした。
男はどんどんと精力的に議論をぶつけていく。たゆまぬ好奇心と強い信念により、両眼は鋭い輝きを放つ。追及はどこまでも続き、辺りはいつの間にか陽が昇っていた。
「……すいません。もう異世界から勇者を召喚するのはやめます。もっと相手と話し合って、暴力で解決するのも慎みます」
打ちのめされた女神は、最後には泣きながら頭を下げた。
そこで急に男の意識は遠くなる。
気がづけばいつもの仕事場で、スタッフの声がしてくる。
「田原さん、田原さん!」
「……ん?」
「もうすぐ本番です。準備を」
「……ああ。何か妙な夢を見ていたような気分だよ」
最近、ちょっと疲れているのだろうか。
気を取り直すように大きく息を吸う。
カメラを向けられると、番組進行が男の名前を呼んだ。
「朝まで生テレビ。司会はおなじみ田原総一朗さんです」
田原総一朗。
職業はジャーナリスト。
異世界の女神から得た能力は『朝まで生異世界』。効果は相手と議論を重ねることで、非暴力で問題を解決することができる。ただし、効力を発揮する範囲はあくまで異世界の中のみである。
朝まで生異世界 水曜 @MARUDOKA
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