女王蜂の思い出

@keisei1

空腹、ゆえ救世主の嫌疑あり

女王蜂

「腹減った。あと女を抱きてえ」

密林をかき分ける青年、アララギは掠れた声を出した。アララギのあとを、少しだけ猫背の女、瞳は綺麗だが唇は薄く、どこか薄情な印象のする女、リユがついてきている。リユはアララギに自分が女扱いされていないのは知っているが、かと言ってそれを不満に思うでもなく、それでいてアララギに好意を持っている不思議な女性だ。

「その不満、何度も聞いた。私じゃダメなのか、ダメなんだろう。それでも構わないが」

アララギはリユの言葉にほとんど耳を傾けていない。草をかき分けてひたすら街中へと降りる道を辿っているだけだ。アララギは何ごとかを話すが、それはリユに向けてではないようだ。

「俺は口の汚え女は嫌いなんだよ。もちっとこう清い女が好きなんだよ。あと俺の話をしっかりと聴いてくれる女な」

「どれも私には当てはまらないな」

リユもアララギの言葉には格別反応しない。それよりも二人は目の前を覆う、独特の妖気のようなものを感じ取っていた。アララギは懐からサバイバルナイフを取り出す。

「天徒だ」

「この界隈にはいなかったはずだが。アウトドロッパー狩りをお上がやるつもりらしい」

「弾を入れ込め」

アララギの言葉に応じリユは銃を構えると、一つ大きな深呼吸する。すると次の瞬間密林の奥から凄まじいスピードで、異形の化け物がアララギとリユの二人に襲いかかる。その姿は巨大な猿にも似て、長い牙は鋭利、鉤爪は人を八つ裂きにするに充分な大きさだ。口元から爛れる血と涎は、その天徒と呼ばれる化け物が、正気と理性を失うべくして作られたことが分かる。

アララギとリユは素早く猿型天徒の攻撃を避けると、反撃にかかる。リユは何度も猿の脳天に発砲し、血漿を飛び散らせる。猿は相応のダメージを受けているようだ。だが低層天徒の唯一の脅威は、自らの命の危険を顧みないことだ。

猿型天徒は大きく息を吸い込み、雄叫びを上げるとリユに鉤爪を振り上げる。リユは左腕にあてがった盾で何とかガードするも、態勢を崩されてしまう。リユは銃の使い手ではあるが、体力的には女性の平均値を多少上回る程度だ。

「くっ!」

リユの揺らぐ声。それに呼応するかのように動いたのはもちろんアララギだ。アララギは猿の背後に回り、背中にまたがると何度も首筋にサバイバルナイフを突きたてる。

「この!この!この!くのうお!!」

猿型の天徒は低能でもある。アララギを振り払うべく体を激しく動かしただけで、さして才気だった抵抗はせず、落命してしまった。アララギとリユは呼吸を整えると、密林にぐったりと倒れ込んだ猿の腹部にナイフを翳す。腹部を引き裂くとそこには銀色の光沢を放つ玉が埋め込まれている。

「これで三日は食えるだろう。『宝玉』は裏街道の金持ちに重宝される。覚醒用の薬剤としても、鑑賞物にしても。このクラスの宝玉なら1.5ペセトくらいにはなるだろう」

「アララギも女の一人くらい抱けるかもな」

リユの冗談めかした言い方にアララギは表情も変えず、正論を口にする。まるでそれが普通、当たり前でもあるかのように。

「お前と一緒に飯でも食うさ。まず二人が腹を満たさないとな」

リユはそんなアララギに相も変わらず好意を持っていたが、それが彼に届かないと知ってもいた。だから軽く口元に笑みを浮かべるだけだった。リユは遠方に聳える高い塔を見据える。

「女王蜂。そんなものがお上の中枢にいるんだろうか。本当に」

「さあな。ただ、ガダカという男が首脳になって以来、この世が妙に気狂いだした。天徒が現れたのもその頃だろ。何かいるんじゃねえか? 多分な」

アララギは宝玉をバッグに仕舞うと、街へと降りていく。リユに出来ることと言えば、アララギについていくことだけだった。無目的な、その日暮らしに何とか意味を与えるために。

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