二 亡き妻の密かな願い
亡くなった二人目の奥さんが、田原氏と結婚するずっと以前の話だ。
彼女は、一度結婚していて家庭があった。ある時、娘が帰宅すると、彼女が何かの雑誌をじいっと見入っていた。
珍しく思った娘が「お母さん、何をそんなにずっと見てるの?」と声を掛けると、ちょっと驚いた顔で振り返り、「いつかこんなところに住みたいと思って」と答え、そのページを見せたのだそうだ。
その当時、田原氏とその人は今でいうダブル不倫の関係だった。ただし、プラトニックラブという肉体関係を持たない恋人。だからたぶん、想像の中でその別荘に住む彼女の
遠くを見るように話す田原氏の深く強い瞳がわずかに潤んでいる。
セフレとプラトニック不倫。どちらの〝罪〟が重いのだろうか。自分的には〝罪〟というよりは、互いの配偶者がセフレとプラトニック不倫とでは、どちらを
「妻の娘が片付けをしていたら、この切り抜きのコピーが出てきて、そのことを思い出して、僕に教えてくれたんだ。妻は物欲のない人だったから、そんなことを言うのは珍しくてね。彼女は日記ではなく、いろんなことを手帳に書き込んでいた。それでそのころの手帳を見たら、建築家の名前がメモをしてあった。で、その建築家の事務所に問い合わせたら、持ち主に、僕が見に行きたいと言っているが場所を教えても構わないか、と
「そうなんですか。ではちょっとその建築家で調べてみますね」
私はMacBookをデスクから持ってきて、検索してみた。すると、その別荘と思われる画像やいくつかの情報はすぐに出てきたが、肝心の場所の情報は全くと言っていいほど、見つからない。もう少し詳しく調べてみる必要がありそうだ。それに田原さんの話から推測すると、場所については出ないようにしている可能性が極めて高い。
「この案件は、確実に探し出すというお約束はできません」
私はこのようなケースの調査方法をざくっと説明して、困難な理由を伝えた。
「なるほどね、そうやって調査するわけだ。難しいということも分かった。それから、SNSだっけ? ツイッターとかそういったもので公開捜査みたいのは困る。持ち主に迷惑がかかるかもしれないからね。それでも引き受けてはくれるかね?」
「期限はありますでしょうか?」
「特にそれはないが、僕もそう若くはない。まだ当分くたばるつもりはないが、それでもこんなご時世だからな。そうだな、一ヶ月ではどうだろう?」
「分かりました」と、私は少し考えてから答えた。「事情も事情ですし、お引き受けいたします。ただし、先ほど申し上げた通り、見つけ出す保証はできません」
「その場合、料金はどうなる?」
「そうですね……着手金は三万円、成功報酬は五万円でいかがでしょう?」
「そんなものでいいのかね?」
「一ヶ月間、この案件にかかりきりというわけではありませんので。他の調査と並行して行います」
「うーん。それもなんか、すっきりしないな。もしこの件に一ヶ月集中してやってもらう場合は? そういうことが可能ならば、だが」
「今は比較的
表計算ソフトに入力して、料金を計算した。
「着手金は十二万八、五七一円、成功報酬は三十一万四、二八六円。ともに税込みです。合計は、四十四万二、八五七円となります」
「着手金はなんで高くなるんだ?」
「その間、ほかの仕事を引き受けられなくなりますので」
「ああ、そうか。見つからなければ、君の報酬はそれだけだもんな。うん、わかった。それでお願いする」
そう言ったあと、田原氏は何やら少し思案して、再び口を開いた。
「
「いやまあ、かつかつで、なんとか維持できている感じです。開業して五年ですけど、それでもようやく安定はしてきたところです」
「うん、そうか。ところで君は車を運転するかね?」
「ええ、しますけど? 年に数回という感じですが」
「車を持っていなければレンタカーでも、娘の家の車を借りてもいいんだが、もし、別荘が見つかったら、君にその場所に連れて行ってもらいたいんだ。お願いできないか?」
「それは……」
さすがにそれはちょっと気が重い。それに北海道とか、遠いところかもしれない。
「日帰り、もしくは一泊程度で行ける場所だったら、で構わない」と、田原氏は私の心を見透かしたように言った。
「その場合は、トータルで五十万円払おう。交通費なんかはこちらで持つ」
「でも、なんでまた、私に?」
「そこはまあ、思いつき、直感だな。心配するな。〝目的地まで討論会〟なんてことはないから」
私はほんの数秒、想像してみた。田原総一朗とのドライブ。あまり気乗りのする
そういうわけで、別荘へのドライブの件も引き受けることにした。
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