ひらひら ふう

紫風

ひらひら ふう

 春一番が吹いた。

 春一番の定義は、2月上旬の立春から3月21日ごろの春分の日までに吹く、強風のこと。名前から穏やかに感じるが、実は荒れた天気であることもある。


 びゅうっ。

「わあ、強い風!」

「大丈夫かい、出番の前に飛ばされちゃあ大変だ」

「ありがとう。そうよ、もうすぐ出番なんですから。飛ばされるわけにはいかないわ」

 まだ寒々しい景色の中で、桜の枝にはぷっくりにはもう少しのつぼみがついている。

「樹さん、今年も来たわよ」

「ようこそ、花びらさん」

 あと1か月ほどもすれば、薄紅の花びらが、枝を覆いつくさんばかりに、ここに集合する。


 満開の花。

 花は盛りを過ぎると、はらはらと花びらを落とす。

「もうじき旅立ちの季節だわ」

「この一瞬しか会えないね」

「そうね」

 薄紅の花びらと、新緑の葉っぱは、この一瞬しか会えない。すれ違う定め。

「次の季節には、私だけど違う私が来るわ。またよろしくね」

「じゃあまたね」

 はらはらはら。


 次の春。

「また来たわよ」

「ようこそ、花びらさん」

「あら、隣の樹さんは、どうしたの?」

 隣に立っていた樹は、今年は切り株だけになっていた。

「雷が直撃してね。縦に裂けてしまったので、低くされてしまったのだよ」

「そう……」


 自然界は、変わるのが定め。それが宇宙のサイクル。

 宇宙は発展しかしない。そのために、変化が当たり前の世界。

 変わるのを拒む人間というやつは、宇宙の中では特殊ケースなのだ。

 出会い別れ、出会い別れを繰り返し。

 変わっていくのが宇宙のサイクル。


「またもうすぐ旅立ちだわ」

「またおいで。その時私がいるとは限らないけども」

「そうね」

 来年も、樹がまだそこにあり続けられるかは、宇宙のサイクル次第。

 花がまた咲くかも分からない。


 はらはらと花びらが舞う。

 ひらひらと舞い落ちるそれを、下を通った人間がつまんだ。


 ひとしきり愛でると、ふうと吹き飛ばした。



 ひらひら ふう。



END.

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ひらひら ふう 紫風 @sifu_m

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