第10話 棘の龍一⑤
進藤一輝は有能だった。
比較的裕福な家庭に生まれ、美人な母に似て顔も整っていた。運動神経も良く、物覚えも早かった。
当然、幼稚園に通っていたころから女の子にちやほやされていたし、それは小学校、中学校へと場所を変えても同じだった。
勉学では常に学年上位に入り、得意のサッカーでは一学年上の代からトップ下のレギュラーを奪い取った。
全てが順風満帆に進んでいた。
そんな進藤は、高校の入学式で恋をした。全神経に電流が走った。
一試合完走したした時の様に、心臓が張り裂けそうなほど早く脈打ち、自然と目で彼女を追った。
非常に明るいベージュ色の髪に大きな瞳。身長は低いが、顔も小さいのでスタイルも良く見える。
抱きしめたら折れてしまいそうな腰にすらっと細い脚といい、全てが愛らしい。友人と話す横顔は最早絵の中の人間が出てきたようだった。
こんな感情は初めてだった。
これまで、何人という女性と交際してきた進藤だったが、いつも少し冷めていて、本当に人を好きになったことはなかったのだ。
この年で初めて恋をした青年は、周りが見えていなかった。
椎名こころという女子生徒を目で追っていると、偶に一人の男と一緒に居ることがあった。
それが、あろうことか桜ケ丘高校では悪名高いヤンキーである「棘の龍一」だった。
鋭い目つきに不愛想な顔、偶に目が合うと悪魔のような微笑みを見せるという。暴走族に入っているという噂まで耳にするほどだ。
進藤はすぐに自分の好きな女子は脅迫されているのだと悟った。
そうでもしないと、あの可愛らしい女子と悪名高いヤンキーが一緒に居るわけがないと決めつけたのだ。
進藤は行動を起こした。
しかし、何故かそれは逆に椎名に拒絶される結果に至る。彼女の友人からは「ださい」という、進藤が一番嫌う言葉を言い放たれ、彼は尊大な自尊心を傷つけられた。
進藤は、この15年間で一度たりとも思うようにいかなかった事がなかった。そんな彼が、初めての挫折を味わう。
本来ならば幼いころに無慈悲な現実を味わい、そして立ち直る術を学ぶのだろうが、進藤は行き場のない想いをどう処理していいのか分からなかった。
高校生にもなると、周りは何も教えてはくれない。
そんな彼は過ちを犯す。
◇
一人の男子生徒は眉間に深い皺を作りながら、廊下を歩いていた。
校内には、自分の宿敵ともいえる人物の悪評が蔓延している。
ここ数日で集めた学内での噂話や、宿敵の父親と同級生だった母から聞いた「花田鉄平」の武勇伝は非常に役に立った。
具体的な情報というのは、それだけで強い意味を持つ。事実かどうかなど最早関係ないのだ。
上手くいった。
面白がって噂をしている人間も過半数ほどはいるだろうが、純粋な生徒たちは真実としてその情報を受け取り、今まで以上に「棘の龍一」を恐れる。
実際、彼の思惑通りに事は進んだ。しかし、目的は果たされなかった。
「なんで、どうしてだ! どうして、椎名さんはあんな奴と……」
椎名は相も変わらず、「棘の龍一」と仲良くしていた。それどころか、その仲を深めているようにさえ進藤には映っていた。
上手くやったはずだ。
自分が噂を流しているとはバレないように、上手く立ち回った。
中には女性が嫌悪感を示すような、下衆な作り話も用意した。それなのに、どうして。
進藤はむしゃくしゃとした気持ちで階段を降りて、上靴を下駄箱に放り込む。
5月が近づいてきて、少しずつ湿気まじりになった空気を吸い込みながら、うざったらしく空を睨む。
少し曇っていて、自分の心を映しだしているような空模様だ。
「――おい、お前が進藤一輝か?」
突然前方に制服を着崩した4人組が立ちふさがる。顔も見たことがない4人組だったが、人相が悪く、とても気が短そうな印象を受ける。
場所は体育館の近くでもう少しでサッカー部の部室に着こうかというところだったのもあり、進藤は忌々し気に睨みつける。
「だったら何なんですか?」
「……ちょっと話があんだよ、顔貸せや」
「俺はあんたたちと話すことなんてないですよ。忙しいんで、どいてくれますか?」
そう言って脇をすり抜けようとする。しかし、その瞬間に進藤の下腹部に鋭い痛みが走る。
「――痛ぁっ!」
進藤はお腹を押さえながらその場に倒れる。
すぐには何が起こったのか理解が出来なかった。ただ、鋭い痛みが彼を襲い、立っていられなかったのだ。
すると、4人組の一人が進藤の髪を引っ張って顔を持ち上げる。鋭い目だ。
「お前、舐めてんのか? 言葉遣いがなってねぇよなぁー?」
「こちとら、お前の流した噂話のせいで迷惑してんだよ!
てめぇが俺らの名前遣って噂流してんの、知ってんだぞ! おい、連れてけ」
進藤は地面を引きずられる。そして、体育館の用具室に引き込まれてしまった。
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