別れを知らない子供達

秋村 和霞

別れを知らない子供達


 卒業式を終えた後の教室。このクラスの担任教師である私は、生徒たちに最後の別れを告げる。


「ご卒業おめでとうございます。大学や専門学校に進学する人、社会に出る人、それぞれ進路は違いますが、これからは一人の人間として自分を律していかなければなりません。その意味を今一度よく考え、自分の望んだ人生を歩めるよう努力を惜しまないでください。それでは、またどこかでお会いしましょう」


 学級委員が号令をかけ、最後のホームルームは解散となる。私はようやく肩の荷が下りたと安堵する。


 いやいや、まだ安心はできない。卒業式の後の打ち上げで、気が大きくなった生徒が飲酒喫煙に走り、問題を起こして学校にクレームが入る事が数年に一度はある。幸い私の受け持つクラスは理系クラスという事もあり大人しい生徒が大半だが、油断して足元を掬われると精神的なダメージが大きい。


 それに、三年のクラス担当の仕事はまだ終わったわけではない。各生徒の進路先へ送付する指導要録を作成したり、新入生の受け入れの準備をしたりと何かと忙しいのだ。


 そんな事を考えていると、真面目な生徒がお礼を言いにやって来る。その生徒に適当なエールを送りながら、クラスを見渡す。友との別れを惜しむ者、打ち上げの算段を立てる者、いつも通り早々に帰り支度を済ませ教室を後にする者。


「クラス会とかやるのか?」


 ふと気になって私と話していた生徒に尋ねる。


「はい。このあとボーリングに行く予定です。クラスのほぼ全員が来ますよ」


 そう言って、彼はスマホの画面を見せてくる。どうやらクラスのメンバーのグループチャットが存在しているらしい。


 右上の参加人数を見ると、三十人がこのグループに参加している事がわかる。クラスの人数は三十三人だから、ほぼ全員がこのチャットで連絡を取り合えるということだ。


 裏を返せば、この先もずっとクラスメイトと付き合いが続いてしまうということだ。これから新しい出会いもあるというのに、この友好は重荷ではないのだろうか?


「こんなグループチャットが有ったんだな」


「あっ、先生も参加します?」


 嬉しい誘いに思わず端末のあるポケットへと手が伸びる。しかし、思い返してその手を止める。


「いや、先生はやめておくよ。それよりも、クラス会をするのは構わないが、あまり羽目を外しすぎるなよ。お前は大丈夫だろうが、佐藤や山田辺りが悪さをしないよう目を光らせておいてくれ」


「はい、分かりました」


 生徒は深々とお辞儀をして、仲の良い友人達の輪に戻っていく。


 今の子供達は別れを知らない。その気になればいつだって連絡を取り合う手段がある。


 ならばひとりぐらい、きちんと関係を断ち切って、次の出会いの重荷にならないよう、思い出になってやろうではないか。


 私は学級日誌を抱え、教室を後にした。

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別れを知らない子供達 秋村 和霞 @nodoka_akimura

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