オレにとっては初配信
エリカさんの自宅は内装も純和風で、その高級感からだいぶ居心地が悪かった。
しかし彼女の兄”マミヤ”の部屋に入ると、一般的なオタクっぽいゴチャゴチャ感があり、ようやく落ち着けた。
そこで季節限定の果物入りピザ––––オレとは好みが合わない––––を食べながら、配信の打ち合わせをする。
”マミヤ”の無言休止をフォローするための雑談枠をするだけだから、ふわっと濁す感じに話しといたらいいと思っていたのに、なんとエリカさんは台本を作ってくれていた。それに目を通してみると、『皆に会えなくて寂しかったよ!』だとか、『他の子に浮気してないよね?』などのあり得ない台詞のオンパレードになっていて、正直読んでられなかった。
ていうか、食欲が失せる……。
確かにマミヤ本人は配信中にリスナー相手にそんな感じに媚びてはいて、その度にオレは騙されていた。
だけど、中身が30代のおじさんだと
彼がオレ達リスナーの気を引くために、あえてこんな感じの台詞選びをしていたんだとしたら、だいぶイメージが変わる。
そんなわけで、オレは”休止の原因の説明部分”だけを覚えた後、台本をゴミ箱の中に突っ込んだ。
エリカさんはオレの行動に気を悪くした風でもなく、配信するための準備をととのえる。”マミヤ”はYoutubeの方にもチャンネルを持っていて、待機画面には既に待機者のコメントがずらずらと流れている。
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noname:「ずっと待ってたよ〜! マミヤちゃんの声早く聞きたいよー」
丸顔おじさん:「生きてて偉い!」
あん◯んマン:「理由とかどうでもいいからASMR配信やって」
底辺学生:「そのまま引退しとけよゴミ」
noname:「モデレーター仕事して! マミヤちゃんに酷い言葉見せたくないよ」
オイルキング:「先日スパチャ五万円投げたのに、スパチャ読み配信でボクの名前読まれてなかったんですが……。貴女の休止中にアーカイブ10回見返しましたから、名前を読まれていないのは間違いないです。最近適当に扱われていると感じます」
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youtbeのコメント欄は見るものじゃないな……。高額なスーパーチャットのせいでコメント欄がレインボー状態になってもいて、なんというか、ずっと見ているとジワジワとSAN値が削られる。
「配信のコメントってこんなに酷かったっけ?」
「こんなもんだよ。時々私がモデレーターやってあげてて、きっついコメントを消してるから、普通の視聴者さん達の目には触れてないだけー」
「苦労してんだな」
「そうだよ。そこそこ稼げる一方で、ストレスとの戦い! お、もう予定時刻になってるじゃん。開始しちゃうよー」
「え、待ってって! うわ!!」
オレは慌てながらマイクとカメラの位置を確認する。
別のモニターではオープニングのアニメーションが終わってしまい、コメントの流れが滝のように早くなっている。
画面に映る”マミヤ”は相変わらずとんでもなくかわいいロリだ。
そのはずなのに、オレの仏頂面を反映してしまっている所為で不機嫌そうな表情になってしまっている。必死に笑顔を作っているはずなのに、怪しげな
「なんだこれ……。このまま喋ればいいのか? あ゛ー、あ゛ー、テストテスト。ちゃんとなってるんだよな?」
適当すぎるオレの話し声はボイスチェンジャーを通し、ものすごいロリボイスになってくれている。しかしそのことが気持ち悪すぎて、腕に鳥肌が立ちまくる……。
リスナーの方はと言うと、”マミヤ”の配信の始め方が変わったことには気がついたようだ。『うんうん』などの相槌コメントの合間に『初配信のやり直しかな?』『なんで今更テストなんかするの?』などの文章も見られる。
それらに焦りを
このまま挙動不審でいるわけにはいかない。
「えーと、だ。皆久しぶり。急に配信をぶつ切りにして? 長めに休んで? 悪かったな。マミヤの配信を生きがいにしているお前らにとっては地獄だっただろう。不信感が生まれてるかもだけど、こっちも大変だったんだよ」
コメント欄には大量の『?』が流れているけど、なんか駄目な部分があったのか? 気にはなるけれど、今はさっさと配信を終わらせたい一心。必要な事を話し切リたい。
「配信を途中で切られた、じゃなくて……切った日、実はだいぶ体調が悪くてさ。今も病院に通院してる。脳が良くない状態っぽくて、寝てる時間が長くなってるんだよ。だから、前みたいな配信頻度や配信時間に戻せるかどうかは全然分からない。お前等には配信を何時やるとかの約束は出来ない」
最低限の内容は話した……と思う。
隣に座るエリカさんの方を向くと、笑顔で頷いてくれたので、ここで終わったとしても許されるだろう。
「サボりとか思わずに、待っててくれると嬉しいよ。多分……。じゃあな」
いまだにスパチャが飛んでいるけれど、これ以上話し続けているとボロが出そうだし、早めに配信を終わらせておいた。
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