バ美肉おじさん”マミヤ”について

 ゲーム内の美少女キャラ達の戦闘中に、急に画面が暗転した。

 俺は眉をひそめつつ、タブレット端末からエリカさんの可愛らしい顔に視線を移す。


「今見せてくれたゲームが、昨日Twitterで言っていた、βベータテスト中の『アーティファクト・バトル・ドールズ』?」

「うん。この青い髪のキャラの方を、兄が操作していたんだよ。猫耳の子のスキルを食らった後、兄の意識がゲームと遮断されんじゃないかなーて思ってる」

「……このゲームって、フルダイブするタイプなんだっけ?」

「うんうん」

「ふーん……」


 フルダイブとは、プレイヤーの五感をゲーム内の仮想空間に接続して、ゲーム内でよりリアルな体験が出来る技術のことだ。ゲーム機器が高額すぎて、俺のような一般庶民には手を出しづらいし、何よりも”ダイブ”行為については危険性が囁かれているから、様子見状態の人が多いと聞く。


 フルダイブ型のVRMMORPGについての知識を思い出しているうちに、配信がブツリと切れる。


「今、”マミヤ”が自分で配信を切ったのか?」

「違う違う。この日の配信を終わらせたのは私だよ。ちょうど隣の部屋で兄の配信を観てて、明らかにおかしいなって、様子を観に行ったんだ。そしたらさ、兄が白目をむいて気を失ってたから、すっごくビックリした」

「あー、その光景はトラウマになりそうだな……」

「分かってくれる!? 30過ぎの小太りの男が白目をむいてるわけだからね、結構な衝撃的ではあった」


 エリカさんは涙目で身を乗り出したが、直ぐに我に返ったようで、慌てるような挙動で居住まいを正した。

 その一連の動きのコミカルさに、俺は軽く噴き出しかけるが、エリカさんの名誉の為に、右手で口を覆ってごまかす。


「そんでさー、私、この猫耳のキャラを使っている人にゲーム内で連絡を取ろうと思ったんだ。『あの時、”マミヤ”に何をしたんだ』って。でも配信に映っていたキャラ名が匿名状態だったから、連絡を取りようがないんだ」

「ってことは、俺はこの猫耳の子の正体を突き止めて、仇をうてばいいのか?」

「猫耳の方にも腹が立ってるけど、どっちかっていうとゲーム会社かなぁ」

「はぁ……?」


 ゲーム内で”マミヤ”を倒した相手と戦えばいいのかと思ったのに、何だかもっと面倒くさそうな感じだ。


「1ゲーマーとしては、あんまりゲーム会社とのもめごとに首を突っ込みたくないかも」

「テスターを人体実験に使うような会社なんだから、もっと害悪性を世界中の皆に知られるべきだよ」

「人体実験って……、大げさすぎ」

「だってさー、この猫耳の奴が変なスキルを使ったとたん、ゲームから兄の意識が切断されたんだよ。何か脳に悪い影響が出たとしか思えないって」

「……悪いけど、フルダイブ技術についても、VR技術についても全然詳しくないから、その辺はサッパリ分からない」

「ゲームキャラとプレイヤーはシンクロしてるらしいよ。だから、ゲーム内のキャラクターが受けたダメージは、種類によってはプレイヤー側にも悪影響があってもおかしくないはず。某掲示板とかでも前からその点は指摘されてたし!」

「掲示板をソースにするのは、やめといた方がいいと思う……」


 エリカさんの話を聞いているうちに、だんだん彼女の頼み事を聞く気がしなくなってきた。

 彼女からのメッセージを受け取った時は、ゲームテスターの代理をするだけの軽いバイトだと思っていた。

 だけど、実際に今求められているのは身体を張った重労働。

 疲れるだけならいいが、下手すると”マミヤ”みたいに寝たきりになるかもしれない。


「悪いけど、他をあたってくれるか? 俺が得意なのはFPSだけだから、VRMMORPGに対応出来ると思わない」

「『アーティファクト・バトル・ドールズ』はFPS要素がかなりあるゲームだよ。一部の人達からはVRMMOFPSって囁かれてるくらい! 君の経験は大きなアドバンテージなんだって」

「いくら金を積まれても、無理なものは無理」

「1,000万円!」

「はい?」

「兄のかたきをとってくれたなら、1,000万円払うよ」

「嘘だろ? だって、エリカさんて高校生だよな? どうやってそんな大金を支払うんだよ」

「まぁ何とかなるでしょ。たぶん」

「そうなのか」


 金額のでかさに改めて動揺する俺に対し、エリカさんはたたみかけてくる。


「1,000万円があれば、大抵の欲しいモノが買えるよ。ゲーミングPCに、ブランド品、最新スマホ・タブレットでしょー、後は、なんかあったかな?」

「確かにその全部が欲しいちゃ、欲しい。1,000万円はでかいな」

「でしょ!」


 大金を貰ったら買いたい物は勿論ある。でも、それに使うよりも生活資金とかにしたい。

 実家暮らしも19年目となり、そろそろ両親の監視がだるい。アレコレと口出しされ、日々息苦しさを感じている。

 今回の件で1,000万円得られたなら、引っ越しをして、自分の金だけで大学卒業までの間暮らせそうではある。


 それを考えると、やはりリスクを背負ってテスター代理をやる価値はありそうではある。

 

 しかし、急いで出した結論がまともだったためしがなく、今日のところはエリカさんへの答えを保留にすることにした。

 

 

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