終わりと始まりの出会いⅦ

 人通りが多く賑やかな午後の街中を、蒼羽は絲の手を引いて歩いていた。

 あの後、急に他の隊から呼び出しがかかり別件を済ませてからの外出になったため、出かける頃には八つ半(十五時)を知らせる鐘が鳴ってしまった。


 絲を連れ急いで街に向かった蒼羽はまず呉服屋へ向かった。


 適当に見繕ってもらい、絲の姿は蒼羽のお下がりではなく、小紫の矢絣の着物に海老色の袴、頭には袴と同じ色のリボンを身につけた姿に変わっていた。この格好だとまともな令嬢に見えないこともない。

 軍の経費で落ちるため蒼羽は遠慮することなく他にも数着新品の着物を購入し寮に届けさせた。


 蒼羽は軍の帽子、襟の立ったシャツの上に着物、袴、羽織に刀という装いのため、はたから見れば仲睦まじい書生と女学生に見えるかもしれない。中身は軍所属の問題児と赤ん坊のような少女なのだが。


 意外と時間がかかってしまったが、生活必需品等の必要な買い物は全て済ませた。


「あとはとりあえずお前の行きたいとこ、っつっても答えないよな。適当に歩くからなんか思い出したら教えて」


 絲はこの町出身ではないが、どの町も景観は大きく変わらないだろうから歩き回っていたら何かしら思い出すかもしれない。

 その思い出が辛いものじゃないことを祈りながら、蒼羽は露店や店を見て回る。

 けれど蒼羽の期待を裏切り――いや、予想通り、絲はそのどれもに興味を示さなかった。


 こうも表情一つ変えないと、連れ歩いても面白くない。


「仕方ないから俺のとっておきに連れてってやる」


 若干不機嫌になり始めた蒼羽は迷わずある目的地に向かって歩き出した。


 いくつか角を曲がり、街の中央から少し外れた場所にそれはあった。


「ついたぞ、ここだ」


 彼がそう言って見上げる看板を同じように絲も見上げる。

 そこには『木村ぱん店』の文字が書かれていた。


「おばちゃーん、あんぱん二つちょーだい」


 蒼羽は店の奥にいる人物に声を掛けた。

 店頭の木のショーケースにはこんがり焼けたあんぱんが並び、美味しそうな匂いが漂っている。


「お、その声は蒼羽だね。今日も巡回サボってるのかい?」


 奥から出てきた人物は顔を見せるなり蒼羽にそう言った。

 からかわれた当人は眉を寄せて不服を訴える。


「あれはサボってんじゃねーよ、休憩だよ休憩」

「あら、今日は兄さんと一緒じゃなくガールフレンドと一緒なのねぇ」


 蒼羽の話を聞くことなく、絲を見て木村のおばちゃんは目を輝かせた。


「がーる…? 何て?」

「ガールフレンドだよ。恋人さ」

「こっこいっ⁉︎」


 蒼羽はおばちゃんの言葉に目を丸くする。


「ちが、こいつは彼女とかそういうんじゃ」

「そうかい、蒼羽もガールフレンドができる年になったのかい」

「……おばちゃん、俺の話聞こ?」


 おばちゃんは新しい物好きなせいか蒼羽がよく知らない横文字を使うことが多い。

 木村ぱん店は昔から兄と共によく来ており、すっかり常連になっていた。おばちゃんも蒼羽にとって軍のみんなと同じように親戚のようなものだった。


「あれ、おじさんは?」


 蒼羽はもう一人の店主の姿が見えないことに気づき尋ねる。

 おばちゃんは人差し指を店の奥に向けた。


「新しいパンの試作中だよ」

「また?」

「最近はずっとさ」

「ふーん」


 少し前に木村ぱん店で新しく女性が雇われた。それからというもの、おじさんはその子と新商品となるパンの試作を繰り返しているらしい。その人が雇われてから数回あんぱんを買いに来ているが、最近は全くおじさんに会えていない。

 おばちゃんは新しく働き始めた人を娘のように可愛がってると言っていたが、蒼羽はそれがなんとなく面白くなかった。

 会えないことを残念に思いながらも、おじさんによろしくと付け加える。


「はい、あんぱん二つ、御待ち遠様」

「え、俺まだお代払ってない」


 戸惑いながら慌ててお金を出そうとする蒼羽に、おばちゃんは笑顔で応えた。


「いいのいいの、特別サービスだよ。蒼羽がガールフレンド連れてきた記念にね」

「だーから違うって」


 訂正しようとする蒼羽に構わずおばちゃんは続ける。


「ただ、今度は軍の連中沢山連れて来とくれよ」


 おばちゃんのその言葉に蒼羽は小さく笑いを漏らした。いつ何時でも商い精神たくましいおばちゃんはもはや尊敬に値する。


「さんきゅ、おばちゃん」


 蒼羽は茶色の紙に包まれた焼き立てのあんぱんを受け取り、一つを絲に渡した。

 そのまま空いている彼女の手を引いて歩き出す。


「今度兄貴達沢山連れてくるからなー」


 笑顔でおばちゃんに別れを告げ、広場のベンチへ向かった。

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