終わりと始まりの出会いⅥ


 小さく文句を言いながら立襟の上に薄地の着物を着て着替えを済ませる。

 ふとベッドに視線を向けると、絲はまだ着替えておらず、窓の外に目を向けていた。


「外に行きたいのか?」


 蒼羽の質問に答えることなく外を眺める絲。

 痺れを切らした蒼羽は両手で彼女の顔を自分の方に向かせた。


「俺が話してる時はとりあえず俺の方向けよ。まずはお互いの目を見ることからだ」


 蒼羽が絲の雀茶色の瞳をまっすぐ見ると、彼女も蒼羽の目をまっすぐ見つめ返す。


「そう、それでよし。話しかけてるのにこっち見ないのは失礼だからな」


 蒼羽は手を彼女の頬から離し、ベッドの上のTシャツと短パンを手に取る。


「着物は男物しかなくて。昔使ってた部屋着で悪いがこれで我慢してくれ」


 蒼羽が絲の手の上にそれらを乗せると彼女はそちらに視線を移した。

 少し見つめたあと横に置き、徐に着ているものを脱ごうとする。


「え、ちょっと待て、いや、着替えろって言ったのは俺だけど、いや、違うくて」


 急に服を脱ぎ始める絲に動揺しながらも蒼羽は高速でカーテンを閉め、ドアに鍵をかけ、絲に背を向けた。

 がさごそと着替える音が静かな部屋に響く。

 自分の部屋なのになんだか居心地が悪くなり蒼羽はひたすら今日の巡回コースについて考えていた。


 物音が止み、終わったか尋ねるが返事はない。

 そっと後ろを向くと、着替えを済ませた彼女が座ってこちらを見ていた。

 ちゃんと着替えられたことにほっと胸を撫で下ろす。


「朝飯食ったら出掛けるぞ。お前の着物や生活用品買わなきゃな」


 絲の手を引き、テーブルまで行くと蒼羽はまず自分が座って見せた。


「こうやって座るんだ。お前は隣な」


 蒼羽が隣の椅子を指差すと、絲は椅子をしばし眺めた後ゆっくり座った。

 昨日はずり落ちて座れなかったのに急成長を見せる絲に、蒼羽は満足げに微笑む。


「じゃ、食おうぜ。いただきます」


 蒼羽が手を合わせ挨拶し箸で食べ始めたのを見て、絲も両手を合わせた後、器用に箸を持ち朝食を食べ始めた。


 吸血鬼に襲われたショックでこうなっているだけで、絲は別に生まれたての赤ん坊なわけではない。何歳か正確な年齢は分からないが、蒼羽と同じような年のはずだ。それまで経験したことを思い出す手助けをしてやればいい。


 正直なところ、蒼羽は兄貴に面倒ごとを押し付けられたと思っていた。女の子と関わったことなどほぼないし、誰かと一緒に生活するのは小さな頃以来だ。しかも面倒見てもらう側であった。面倒を見る側になったことなどないため、空っぽの絲に対してどうしていいか分からない。


「どうしてやるのが正解なんだろーな」


 絲に尋ねてみると、彼女は食べる手を止めて蒼羽を見つめた。

 てっきり返事などないと思っていた蒼羽は、絲の予想外の動きに肩を揺らす。


「びっくりした、なんで急にこっち見る」


 んだ、と言いかけて止まる。

 先程の自分の発言を思い出す。


――俺が話してる時はとりあえず俺の方向けよ――


 絲は手を止めて真っ直ぐこちらを見たままだ。


「もしかして、話しかけた時こっち見ろって言ったから?」


 確かに無視するなって意味では言ったが、馬鹿正直にこちらを向くのはなんだか違う気がする。

 蒼羽は訂正しようと口を開いたが、なんと言えばいいのか分からず、結局口を閉じた。


「まぁ、とりあえず食べろよ」


 絲は蒼羽の言葉を聞いて再び箸を動かし始めた。

 まるで操り人形だと蒼羽は小さな声で呟き、自分も朝食を食べ始めた。

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