終わりと始まりの出会いⅤ

 



 真っ暗な闇の中、幼い女の子が走って逃げている。

 時々転びかけながら泣いたまま必死で何かから逃げている。


「泣かないで……なんで泣くんだよ……」


 切なくなり、思わずその子に声を掛ける。



「ただ、ただ……俺は――」








「……っ」


 目覚めると朝だった。カーテンの隙間から朝日が漏れている。

 頬に違和感を感じ手で確かめると何故か涙が伝っていた。


「なんで涙が……それに……変な、夢」


 寝返りを打った蒼羽は目の前の光景に固まって何も言えなくなってしまった。


 目の前には穏やかな寝息をたてる少女、絲がいた。


 何故自分のベッドに彼女が寝ているのか理解できない蒼羽は数秒彫像のように固まっていたが、ハッと我に返り体を起こして片手で頭を掻いた。下を向く彼の耳はほんのり赤くなっている。


「あーもう!」


 彼は少し強めに彼女をゆすって起こした。


「おい、お前起きろって。なんでこっち来てんだよ」


 絲はゆっくりと瞼を開き起き上がる。

 いつの間にか絲が身につけていた蒼羽の羽織りは床に落下しており、例の、下着のような姿になっていた。肩の部分がはだけた格好に、蒼羽は今度は頬を赤く染め視線を泳がせた。


「お、お前やっぱまだ起きんな」


 掛け布団を勢いよく絲にかぶせ、ベッドから立ち上がってすぐ箪笥に向かう。

 引き出しを引き、そこから取った服を、掛け布団から上半身だけ抜け出した絲に投げるように渡した。蒼羽が昔着ていた、小さくなった服だ。


「お前、それに着替えろよ」


 絲の反応はない。だが、牛乳を飲んだこと、布団は間違えてるがちゃんと睡眠はとったことを考えると言ったことの理解が多少はできるのかもしれない。


 その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 返事を待たず入ってきたのは千草だった。

 彼はベッドに座る絲を見てにやにやしている。


「なんだよ?」


 嫌な予感がして蒼羽は一応兄の変な笑いの理由を尋ねる。


「いいや、何も?」


 千草は笑みを浮かべたまま蒼羽と絲を見る。


「蒼羽、間違いだけは起こすなよ」

「起こすかよクソ兄貴‼」


 蒼羽は食い気味に兄に告げた。


「それより! 何の用だよクソ兄貴」

「怒るなよ、朝食持ってきてやっただけだろ」


 千草は後ろに用意していたワゴンを室内に入れた。

 上に乗っている白飯や焼き鮭をテーブルに並べていく。


「え、食堂は」

「昨日も言ったが、今はまだ他の奴等には見つからない方がいい。食事はここに用意するようにする。食器の回収は後でするから」


 窮屈に感じながらも蒼羽はしぶしぶ頷いた。


「分かった。で? あとはどうすりゃいいんだ?」


 蒼羽は箪笥から自分の着替えを出しながら千草に尋ねる。


「そうだなー、出るときは裏口からバレないようにしてもらえりゃあとは特に何もないぞ」

「あっそ、了解」

「お前、今日の任務は亥の刻(午後九時)担当だったな、その間はその子にはここにいてもらってドアに鍵かけとけよ……こんだけ無駄に鍵ついてんだからな」


 千草はドアの内側にたくさんついた様々な種類の鍵を手で触りながら何かを懐かしむように小さく笑った。


「……そうだな」


 蒼羽は視線を下げる。

 そんな蒼羽を見て千草は眉を下げ、声を明るい調子に戻した。


「じゃあ、蒼羽の愛しのにーちゃんは任務に行ってくるからな‼」


 蒼羽は顔を上げ嫌そうにしながらも千草に視線を向ける。


「はよ行けアホ兄貴」


 千草は愛してるぞーと捨て台詞を残し部屋から出て行った。

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