終わりと始まりの出会いⅣ
「とりあえずに上に報告して警備隊の方にも連絡を入れておいた」
千草は蒼羽の部屋に入るなりそう告げた。
蒼羽は部屋の中央にある丸いテーブルセットの椅子に腰かけ、少女は隣で床に座り込んでいる。
座り込んだまま目も合わせない少女を見て、千草は目を瞬かせた。
「なんでその子は椅子に座ってないんだ?」
「知らねーよ、座らせようとしたらずり落ちるんだよ。まるで座り方を知らないみたいだ」
蒼羽は眉をひそめて少女を見た。
千草はまあいいかと呟き、蒼羽の向かいの椅子を引いて勢いよく腰を下ろした。
「で? 詳しく聞かせてもらおうか?」
表情は笑顔だが、体が大きいためか性格のせいか威圧感がすごい。
「びっくりしたよ、お前が急に部屋に来いって言うから来てみれば女人禁制の寮に女の子がいるし、吸血鬼を一匹倒してきたって言うし。とりあえず報告は終わったから蒼羽の言い分を聞かせてもらうぞ」
蒼羽は不機嫌で顔を歪ませながらも口を開いた。
「別に詳しいも何もねーよ。なんか変な気配したから外に出て、こいつ見つけて吸血鬼に襲われて対処して、そのまま放置するわけにもいかないから連れてきたってだけ。さっき兄貴に伝えたことそのままだよ」
心底めんどうくさそうにそっぽを向く蒼羽。顔を逸らすと少女が視界に入り彼は眉間のしわを深くした。
「とりあえず足の怪我は手当したけど、こいつこれからどうなるんだ?」
相変わらず感情が感じられない少女を頬杖をついて見つめる。
千草も少女の方に視線を移し、先ほどあった上官との話を簡単に説明し始めた。
「あぁ、上官には森で吸血鬼が現れ、逃げ延びた少女を保護したと説明しておいた。自分で生活できそうにないから本来ならその子は病院に保護される、が」
千草は訝し気な表情をしながら首を傾げた。
「その子は軍で保護することになった」
「はぁ⁉」
兄の発言に蒼羽は思わず立ち上がる。
「なんで軍で保護なんだよ⁉」
「さあな。その子の状態等を伝えたら上官たちが話し合いをされてな。で、軍で保護するってお達しがあった」
千草は少し不思議そうにするものの、冷静に続ける。
「詳しい事情は知らされなかったが、もしかしたらその子、その子が逃げてきた町、村、もしくは家に何かあるのかもしれないな」
「家……」
蒼羽の脳裏に燃えている家屋が浮かぶ。彼女の町や家は吸血鬼に襲われ、壊滅状態なのかもしれない。でも吸血鬼に襲われた街や家なんて珍しくないはずだ。何故この少女だけ。
軍がただ襲われた少女を保護するとは考えにくいため、吸血鬼に関する何かしらの事情がこの少女には隠されているのだろう。
「吸血鬼……」
蒼羽は両手を強く握りしめた。
そんな彼を気にすることなく千草は明るい口調で告げた。
「あぁそうそう、この子はとりあえずお前が面倒見ることになったから」
「へぇ……は?」
蒼羽は唐突な兄の言葉に頭がついていかず目を丸くしたまま固まっている。
「だからお前がこの子の面倒を」
「ちっ、違う! そうじゃなくて、なんで俺が面倒を」
慌てて声が上ずる弟を見て楽しそうに兄が返す。
「上官達は世話役は俺に一任するって言ってくれたからなあ。他の部屋はただでさえいっぱい、しかも狭い、お前の部屋が一番広くて設備も整ってる。しかも連れてきた張本人。これ以上の適任者はいないだろ。他の奴には見つかると面倒だからまだ秘密な。拾ってきたのはお前だからちゃんと面倒見ろよ」
「なんで」
蒼羽は口をパクパクと動かしながら何か言い返さねばと頭の引き出しを片っ端から開けて反論を探すが、それは一つも見つからない。
じゃあなと何故か機嫌よく手を振って部屋から出ていく千草をただ見送るしかなかった。
「あー」
蒼羽は頭を掻くと再びドカッと椅子に座った。
「意思の疎通も取れないやつをどう面倒見りゃいいんだよ」
テーブルに突っ伏し呟くが、すぐにゆっくり顔だけ上げる。
「……まあ、俺が言えることじゃねーか」
ちらりと少女を見る。もちろん彼女と視線が合うことはない。
蒼羽は台所に向かうと食器棚からマグカップを取り出した。
牛乳を鍋にかけて温める。温める間も彼女は動く気配がない。
温められた牛乳をマグカップに注いでいく。
それを元居た場所まで運び、蒼羽はしゃがんだ。
少女に湯気がほんのり立つマグカップを差し出す。
「ほら、飲めよ、落ち着くらしいから。つっても言葉がわかんねーのかもしんねーけ……」
蒼羽が最後まで言う前に少女は差し出されたカップを受け取りゆっくりと飲み始めた。
驚いて目を見開いていた蒼羽だったが、なんだか照れくさくなり頭を掻いて視線を逸らす。
少女を盗み見るとやはりゆっくりとそれを飲んでいる。会話が全く通じないわけではないらしい。
「なあ、お前、なんで何も言わねーの?」
少女はやはり応えない。
「……何も、思うことがない、いや、考えたくないのか?」
蒼羽の質問は少女を通して他の誰かに問いかけられたようだった。
少女が飲み終わったのを見て、蒼羽は質問を続ける。
「そのネックレス、見てもいいか?」
本部まで運んでから気づいたが、少女は首飾りをかけていた。服の下になっていたため、暗い森の中では気づかなかったのだ。
銀のチェーンを持ち引き上げると先には丸みを帯びたペンダントトップがついていた。真ん中に碧い石が埋め込まれ、鷲のような模様が刻まれていた。外国の家紋に似ている。形からして中に写真か何かが入っているタイプだろう。
その後すぐに自室に待機だったため、中身を確認していなかった。
今は服の上になっており、ペンダントトップの石がランプの光に反射して輝いている。
「ちょっと見せてもらうぞ」
蒼羽の指先がペンダントトップに触れた瞬間、鋭い痛みが走り思わず目を瞑る。
「⁉」
目を瞑った瞬間、ある文字が見えた。
見えた、というより頭に浮かんだというのが正しいのかもしれない。
「なんだ……今の」
何が起こったのか分からず目を白黒させる蒼羽。
「糸が、二つ、
地面の上に木の棒で書かれたであろう文字。
若干消されていたが、糸が二つならんだ文字、絲だった気がする。
もう一度ペンダントトップに触れるが、何も起こらない。開いてみようとするが開く気配もなかった。
顎に手を当て少し考えていた蒼羽だったが、結局考えがまとまらずため息をついた。
「あー、だめださっぱりわかんね。とりあえずお前の名前分かんねーから絲って呼ぶことにする。名前ねーと不便だし」
蒼羽は立ち上がって押し入れから布団を取り出した。
たまに寮の部屋調整や部屋の修理等で、部屋にいられない住人が一番広い部屋、つまりここに転がり込んでくるから蒼羽の部屋には予備の布団が常備されていた。
開いたスペースに布団を敷き、蒼羽は少女の方に向き直って自分のベッドに座る。
「予備の布団敷いたから今日はこれで寝ろよ」
少女はこちらに背中を向けたままで話を聞いているのか否かすら分からない。
「……」
蒼羽は仕方なく少女を抱き上げ客用の布団にそっと下ろして掛け布団をかける。
彼女は目を閉じる様子はない。
「ま、いいか。今日は二体も相手して疲れたし俺はもう寝るぞ」
蒼羽はあくびを一つし、早く寝ろよと絲に声を掛けて部屋の明かりを消した。
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