終わりと始まりの出会いⅡ



 この世界には吸血鬼という生物が存在する。


 吸血鬼は主に日が沈むころから出没し、人間を襲って血を啜る。普通の人間よりも頑丈で硬化が使える個体もあり、襲われれば即ち死を意味していた。


 一般市民を守るため、軍は吸血鬼専門部隊を編成した。単に人間の揉め事、町の治安維持を担当する警備隊と違い、その名の通り吸血鬼に関連した出来事に対処する部隊だ。最初は大隊程度だったが、吸血鬼の増加に伴い、ここ数年で一気に師団以上の規模になった。

 吸血鬼専門部隊は機関で養成され、吸血鬼を消滅させることが出来る呪を刻んだ呪符――つまり専用の武器で吸血鬼を処理する任務に当たっている。


 軍の吸血鬼専門部隊本部(総司令部)の側にあるこの町は吸血鬼出現率が高く、特にここ数年その数は増え続けていた。



 蒼羽が日々生活している寮は本部に隣接して建っている。

 寮の門をくぐり中に入ると蒼羽は大きなため息をついた。


「あー、つっかれたあ、風呂に入りたい」


 ここのところ本当に吸血鬼が現れる頻度が高いように思う。ここ一か月、平均すると四日に一度は吸血鬼に遭遇している。しかも何故か蒼羽の所属する隊が見回りしている最中にぶち当たるのだ。疲れが取れたと思ったらまた疲弊するの繰り返しだった。


 たまった疲れを解消するため、とりあえず自分の部屋に戻って休もうとする蒼羽に何かが勢いよく向かっていった。


「あ、お、ば!」


 大柄なその人物は声も大きく、力任せに蒼羽に抱きつく。


「おかえりっ」

「ちょ、苦しっ」

「怪我はしてないか⁉」

「ないよ」

「腹は減ってないか⁉」

「減ってる」

「また勝手したらしいな」

「うっ……と、とにかく」


 質問攻めしてくるその人物を蒼羽は手で押しのけた。


「離れろよ、兄貴‼」

「えー? 素直じゃないなあ」


 否、押しのけようとした。

 抱きついてきたのは蒼羽の兄、千草ちぐさだった。千草は蒼羽の十一個年上の兄であり、中隊をまとめる大尉でもある。黒髪短髪だが、後ろ髪の一部を伸ばしてまとめている。本人いわくゲン担ぎらしい。蒼羽にはさっぱり理解できないゲン担ぎだったが、「あれ? お前が言ったんじゃなかったっけ?」と何故か蒼羽が言い出したことにされていた。実力は確かだが、そのくらい適当で勝手な兄なのだ。


 力一杯兄の厚い胸板を押すが、彼は顔色一つ変えず笑顔のまま、そしてびくともせず蒼羽の両肩を掴んだままだ。体格差がありすぎてこの力勝負にはどう足掻いても勝てそうにない。

 蒼羽は諦めて頭を垂れ、ため息をついた。

 そんな蒼羽の頭に温かな感覚が伝わる。


「まっ、とにかく無事で良かったよ。よく頑張ったな」


 千草は大きな手で蒼羽の頭を力強くわしゃわしゃと撫でた。


「……ただいま」


 蒼羽の口から出た照れが滲んだ小さな挨拶に千草は目を輝かせる。


「蒼羽、お前やっぱ可愛」


 彼の言葉は最後まで紡がれる前に蒼羽の蹴りによって阻まれた。腹にクリティカルヒットした蹴りが効いたのか、千草は小さく呻くと腹を押さえて膝をついた。


「風呂入る」

「あ、おば、キュート……」


 床に横たわりながら小さな声でそう告げる兄に視線を向けることなく、はいはいと相槌を打ちながら蒼羽は自室に向かったのだった。





 腹を刺激する美味しそうな匂いと共に白く温かい湯気が上がる。蒼羽はその出所にそっと息を吹きかけた。

 艶やかに光るそれを箸でゆっくりと口に運び、彼は満足げに微笑む。


「やっぱ仕事終わりの肉うどんは最高だな! 木村ぱん店のあんぱんと同じくらい」


 目の前に座った同僚がそんな彼を見て呆れながら笑う。


「お前食堂で食うのそればっかだな。あと、今日の任務でまた勝手したらしいな」


 その同僚――同期で同い年の辰森たつもりの発言に、蒼羽は笑顔を引きつらせた。


「辰森、なんで知ってんだよ」

「お前の上司が帰るなりぼやいてたよ。異動してすぐだけどまた異動じゃね、お前」


 辰森はしれっと述べ、焼き魚定食についているみそ汁をすすった。


「異動……まじ?」


 蒼羽の手から箸が滑り落ちる。

 昔からここに住んでいるが、蒼羽がちゃんと軍に所属したのはつい最近のことだ。そして、所属してから既に一回異動を命じられていた。理由はおそらく扱いづらいから、だ。異動前、以前の分隊長から何度お前は扱いづらいと言われたことか。

 異動が多いということは問題があるというレッテルを貼られているようなものだ。


 あまりに異動が多いと入ることができる隊がなくなるかもしれない。

 そんな考えが浮かび青ざめる蒼羽を見て、辰森が噴き出した。


「はははっ、なんて顔してるんだよ、お前。まあせいぜい悩め、自業自得だからな」

「なっ、同期だろ辰森い、助けろよ」


 うなだれる蒼羽を見て辰森はさらに腹を抱えて笑う。

 蒼羽は口を尖らせて湯呑に入った番茶を飲みほした。

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