君と僕のさよなら
終わりと始まりの出会いⅠ
「動くな! もう諦めろ」
軍服を着た青年は銃を真っ直ぐ構え、目の前の相手に叫んだ。
自分の背後にかばっている女性の様子をちらりと窺う。
かなり顔色が悪い。乱れた長い髪の間から華奢な首が見えており、彼女はその首を震える手で懸命に押さえていた。だが、それも虚しく指の隙間から赤い液体が絶え間なく漏れ落ちている。
青年は再び目の前の敵を見据える。
「仲間に救援信号を送った。すぐに応援が駆けつける……まぁ、お前には聞こえちゃいないだろうがな」
彼は言い終わる前に引き金を引いた。
弾は真っ直ぐ目の前の相手に向かっていく。
敵は赤い眼を光らせ、ニタリと笑った。
漆黒の夜空に散りばめられた星々が静かに輝いている。空だけ見れば穏やかな夜だ。
そんな星空の中に町の外れから一筋、橙色の煙が上がっていた。
「救援の狼煙だ、急げ」
辺りに慌ただしい足音が響き、砂埃が舞う。
数人が風を切るように駆けていく。
中でも最後尾から物凄いスピードで先頭に向かい走っていく少年がいた。
周りと比べると小柄な彼は、先ほどの発言に答えるように言葉を吐き捨てた。
「分かってるっつの」
黒い隊服の上に灰色のコートを身に纏い軍帽を被ったその少年は、刀の柄を握りながら足を速める。
「ぜってー助ける」
その声からは確固たる意志が感じられた。
「
「うっせー、お前らが遅いんだよ」
鼻に届く臭いの強さが変わり、彼は眉間にシワを寄せた。
(血の匂いが濃くなった。近い……急がねーと手遅れになる)
唇を噛みしめながら足に力を入れる。
(頼む……間に合ってくれ)
広場を抜け、近道の路地を勢いよく進んでいく。
角を曲がって建物の裏に回ると、砂埃を上げて彼の足はようやく止まった。
「見つけた……もうてめーは終わりだ」
視界に
「覚悟しろ、吸血鬼」
蒼羽の唇から憎しみに満ちた怒号が放たれた。
目の前にいるのは、髪は老人のように灰色で肌は死者のように青白いが、後ろ姿は人間と変わらない生物――茶色の簡素な服を着たそいつは、何かを抱えてしゃがんだまま振り返った。
そいつの口からは赤い液体が滴り落ち、瞳は赤く、燃えるように揺れていた。
腕にはぐったりした女性が横たわっている。
蒼羽は一気に走り寄り刀を掲げる。そのまま間髪入れずに吸血鬼に向けて刃を勢いよく振り下ろした。
吸血鬼は刃が触れる前に勢いよく飛び上がった。
蒼羽は避けられて舌打ちしながらも次の攻撃の構えを取る。
その数秒後重たいものが地面に叩きつけられる音がした。そちらを目だけで確認すると、奴が抱えていた女性が地面に倒れていた。
血色が悪すぎる。動きもないし、出血もひどい。
(間に合わなかった。おそらく彼女はもう……)
蒼羽は表情を歪ませた。
(ごめん……)
「蒼羽一等兵、よそ見をするな!」
思わず目を瞑った蒼羽に焦ったような声がかかる。
「やべっ……」
その瞬間背後に気配を感じ、慌てて振り返った。
刀は吸血鬼の硬化した手とぶつかり激しい音を上げた。襲いくる重さになんとか足を踏ん張る。
蒼羽は息を漏らしながらそのまま遠心力を利用し上半身を回転させた。吸血鬼の手に刀が食い込んでいく。
「くっ、うおりゃあ!」
その力は吸血鬼に勝ち、横に飛ばされた吸血鬼は勢いよく木にぶつかった。
「あっぶねー」
額から流れる汗を袖でぬぐう。
息を吐き呼吸を整えていると近くから小さな声が聞こえた。
「ったく、ひやひやさせやがって」
少し苦しそうな、それでいて安心を滲ませたその声は
「
同じ朝暉軍の先輩兵士、古賀の声だった。
彼は地面にうつ伏せになりながらも顔を上げて苦笑を浮かべる。
「救援信号出して一番最初に駆けつけるのがお前とはな」
「あの救援信号、古賀さんが出したのか!」
打ち所が悪かったのか吸血鬼は木の下でうずくまって唸っている。
そんな吸血鬼を横目で確認したまま蒼羽は話を続ける。
「さんきゅー! 古賀さんのおかげで攻撃防げた……て、そういえば、なんで潰れた蛙みたいになってんの?」
「お前なぁ」
緊張感のない蒼羽の発言を聞き、古賀はそのままの体勢で呆れたようにため息をついた。
「お前、また勝手に来ただろ」
「え? えーっと」
図星の蒼羽は刀を構えたまま目を泳がせた。
それを見て古賀が再びため息をついた時、蒼羽の背後から大きな怒号が聞こえてきた。
「蒼羽一等兵!」
「あー、噂をすればもう来ちゃった」
声の主は先程蒼羽が置いてきた分隊長だった。
彼の後ろから四番隊の他のメンバーも駆けつける。
彼らは蒼羽の前で四つん這いになっている吸血鬼を見て小さく悲鳴を上げた。
「きゅ、吸血鬼! だが、何故弱っている……まさか、君が?」
分隊長は蒼羽を見て目を丸くし、眉間のしわを深くした。
「い、いや、だがこれ以上勝手を許すわけには」
「あーもう」
混乱している分隊長の言葉に被せて蒼羽が不機嫌気味に呟く。
「ごちゃごちゃうるせーな」
驚く分隊長を無視して蒼羽は吸血鬼に向かっていった。
風のように走り吸血鬼の元へ向かう彼に後ろから声が掛かるが、蒼羽の足は止まらない。
吸血鬼は苦しみながら体を起こして、なんとか蒼羽を迎え撃つ体勢に入ろうとする。
だが、蒼羽の速さには追い付けなかった。
雲間から現れた月明かりに照らされ、彼の持つ刀が鋭い光を放つ。
「さっさと地獄に堕ちろ」
蒼羽の口から低く冷たい声が漏れる。
それと同時に振り下ろされた切っ先が吸血鬼の胸に突き刺さった。
「ぐあぁぁぁ」
人間と化け物が入り混じったような声が辺りに響いた。
天へと向けられた吸血鬼の手は黒い灰になり空気に溶けていく。
完全に消える直前、それは静かに目を閉じたようだった。
蒼羽は刀を振って灰を払い鞘に納める。
「さっ、終わったし帰ろうぜ」
頭の後ろで腕を組み何事もなかったかのように歩き出す蒼羽に、四番隊の隊員達は呆気にとられていた。
「まっ、待て、蒼羽一等兵、話はまだ」
「やべっ」
蒼羽は分隊長の引き留める声を聞いて再び走り出した。
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