米洲島津家秘録~あめりか戦国騒乱之記~

高宮零司

立志編

第1話 若君

「弾ぁ込め!」


 いささか時代がかった当世具足姿の兵どもが、梅鉢紋の陣笠を着けた年嵩の武士に命ぜられた通りに大筒へ弾を込める。

 この時代、用いられているのは青銅の鋳造砲であった。


 阿蘭陀オランダからの技術導入で製造されたこの種の大筒は、豊臣幕府の治世がすでに四代目将軍の治世に入ってだいぶ経っているこの時代でも現役だった。


「地元の衆が多く集まり過ぎておるのう。こんままでは怪我人も出る。言葉の分かるものに、せめて大筒の後方へ回るよう説得させよ」


 そう声を出したのは、戦装束姿としてはいささか身軽な姿の少年だった。


 戦場での実用性はいささか怪しい、裏側に金箔を貼った陣笠をいささか適当に被っている。陣傘の紋は梅鉢ではなく、丸十字紋であった。

 福々しい顔立ちをしており、生来の陽気さが前面に出ている顔であった。

  

 体型は相撲取りのような寸胴であり、年齢を考慮しても背は低い。本人もそれを気にしているらしく陣笠は大人用を用いている。そのせいか、どうにも前が見えているかあやしい。

 

「はっ、急ぎ現地の者を追い払いまする」


 陣笠姿の近侍らしい初老の男が、膝をついて畏まる。


「あくまで丁重に、じゃ。筒井の家や地元の衆に恨まれるのは困る。我らは所詮は他所者じゃ」


 数え年で十三歳にしては、落ち着きのある言葉であった。


「はっ、なんとも慈悲あふれるお言葉、この爺感服するほかありません。必ずや若のご配慮に…」


「いいから、ゆけ」

 うるさそうに追い払うようなしぐさをしているが、顔が紅潮している。どうにも照れくさいのだろう。


近侍が立ち去った直後に耳を劈く轟音が周囲に響き渡る。


その瞬間、少年の口元に自然と笑みが浮かぶ。


彼の名は島津武尚。日ノ本は隈本の戦国大名、島津家の血を引くものである。


より正確に記するならば米洲に渡った島津の分家であり、その家祖は島津豊久であった。



 

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