10.信頼

 牢を出た後、巡回する兵の目を掻い潜り王都を出た。

 静かな裏路地までやってくると、そこには樽を椅子替わりに座り、月光を写し返す銀色の剣を念入りに手入れをしている親友の姿があった。


「ライガ…」


「思ったより早かったな、ルーク」


 数秒、互いに沈黙し、目を見合わせる。

 敵意は無いようだ。だがしかし腑に落ちない。

 何故、俺を待っていた?


「悪かったわね、こんな所で待たせて」


「気にすんな、そっちは脱獄してくるんだ。そりゃ時間がかかるさ」


「…分からない、なんでライガが俺を待っているんだ」


「姉ちゃんを助けに行くんだろ? 俺も行くぜ」


「俺を疑ってないのか? 俺が婚約者になり1ヶ月もしない内に姉が行方不明になったんだ。普通疑うだろ」


「親友を疑うわけないだろ」


「そもそも俺は半魔だと大勢の前で暴かれた。誰もが俺を化け物と思い込んでる。それなのになんでお前は俺を味方だと… 人間だと信じきっているんだ?」


「そっちの皇女様も疑ってないんだろ? 俺も同じだよ」


「アイシャ様には事前に言っておいた。共にした時間も少なくないし、互いに信頼しているからだ。だがお前は違う。事前に何も言ってなければ共にした時間も1ヶ月とない。なのに何故俺を信じているんだ?」


 姉を殺したかもしれない容疑者であり、人間ですらないと公表された。

 誰もが俺を蔑むだろう。異形の化け物と恐れるはずだ。


「…ルーク、俺さ… 友達いなかったんだよ」


「…は?」


 ライガは何の脈絡もなく、唐突に神妙な面持ちで語り始める。

 全く異なる話を始められたことにも驚いたが、それよりも驚いたのはその内容だ。

 明るく気さくで誰にでも分け隔てなく話すライガに友達がいないなんてまるで信じられないでいた。


「別に驚くことじゃねえよ。周りに馴染めなかっただけだ。よくある話さ」


 懐かしんでいるような、それでいて哀れんでいるかのような覇気のない口調でポツリポツリと語り始める。

 俺はただそれを黙って聞いた。


「剣が好きだった。弱気を助け悪を倒す騎士に憧れた。だから、大好きな剣で強い騎士になるためにずっとひたむきに突っ走ってきた… だけどふと振り返ると誰もついてきてなかったんだ。剣術の稽古では誰も俺と組もうとはしてくれなかった。話しかけるも身分の差と実力を気にして、畏敬と恐怖の念を向けられてとても友達と呼べるような関係を築けたやつはいなかった」


 ライガは顔を上げ、俺を見つめ微笑む。


「退屈な日々を消し去りたくて、ひとりでただひたすら剣を振った。だけど次第に剣の空を斬る音が心の底にある孤独感を逆なでしていった。そんな日常を… ルークが変えてくれたんだ。ルークは稽古の相手をしてただ話してただけかもしれない。けど、それは俺にとっては代わり映えのない日常を色鮮やかに輝かしてくれた。まるで魔法のように…」


「…ライガ」


「過ごした時間が短いことなんて俺にはどうでもいいんだ。言葉が無い事も関係ない。お前は俺のかけがえのない親友だ。世界がどんなにお前を陥れようとも俺だけは必ずお前を助ける… 親友だからなっ!」


 照れくさそうにしながらも、眩しくすら感じるほど明るい笑みが目に飛び込んでくる。

 ライガとはもう言葉を交わすことは無いだろう…そう思っていた。寧ろ姉の居場所を吐かせるために拷問しにくる事も覚悟していた。

 どうやら信じてなかったのは俺のようだ。


「言っておくけど、私だってルークが捕まった事を聞かされて動じなかった訳じゃないからね」


 隣にいたアイシャが愚痴を零すかのように言う。


「事前に言ったからとか言ってるけど、[助けてくれませんか?]としか言われてないからね? 明らかに言葉が足りないでしょ! 投獄に半魔に自害と畳み掛けられて倒れそうになったんだから!」


「…なら、どうして助けになんて」


「決まってるでしょ? 私がそうしたかったから」


 気づけば一点の曇りもない真っ直ぐな眼を向けられていた。


「あなたが誰かを殺したなんて信じられなかったし、半魔なんて事も自害したなんて事も信じたくなかった。だからあなたの元へ行ったの」


 アイシャの口調は淡々としているが、信頼を寄せてくれている事は十分に伝わってくる。


「私なんかよりも彼の方がもっと愚直に信頼してたわよ。私がルークを助けに行くか迷ってる間、彼はずっと騎士団に直談判してたんだから」


「…そうだったんですね」


「それと… ほらよっ」


「っと、これは…」


 ライガから剣を投げ渡される。

 受け取った瞬間に分かった。模擬剣とは異なる重量感、鞘の光沢、柄の感触… そう、渡されたのは真剣だった。


「うちの武器庫にあったものを適当に持ってきた。必要だろ?」


「…渡された剣からもライガの覚悟は伝わってくる。だけど、最後に再確認させてくれ。これから行くところはルカを攫った者達の寝所… 盗賊のアジトだ。敵は本気で殺そうとしてくる。こちらが躊躇したら容赦なく殺されるだろう。殺される前に殺さなければならない… ふたりとも、覚悟は出来てるか?」


 ライガとアイシャふたりに最終確認をする。

 敵は人間だ。ついてくるならば必ず殺さなければならない。躊躇うことすら許されない。

 ふたりに一瞬でも迷いが見れたらここに置いていく。対するは組織だ。数に圧倒的な差がある。敵を殺せない味方を庇う余裕は無いだろう。

 最初に口を開いたのはアイシャだった。


「私は覚悟してる。と言うより、覚悟してきた。そう言った方が正しいわね。王は兵に国のために死ねと言わなければならない、敵を殺せない王に味方を殺すことなんかできない。そう言われてきたから… だからずっと昔から人を殺める覚悟はできてる」


 アイシャは臆することなく言い切った。

 子供ながら威風堂々としたその様は勇ましく、下手な騎士よりも肝が据わってるように感じた。

 アイシャに続いてライガが口を開いた。だが…


「俺は… 悪を打ち倒す騎士に憧れた、俺は将来必ず騎士になる。だから大丈夫だ! 悪は必ず殺してみせる!」


 ライガの方は少し不安を覚える。

 必ずしも敵=悪とは限らない。

 もし敵が悪じゃなかった場合、彼は戦えるのだろうか…


「ライガ… 悪を殺す覚悟は伝わった。最後にもうひとつ、姉のために… 自分のために殺せる覚悟はあるか?」


「そんなの当たり前だろ! 家族のために必要ならなんだってやってやるさ!!」


「…分かった。その言葉を忘れるなよ?」


 念の為、ライガの釘を刺す。効果は期待できないが刺さないよりはマシだろう。


「んじゃ、ルーク! アイシャ! 行くぜ! 必ず姉ちゃんを助けるんだ!!」


「ああ、行こう!」


「様をつけなさいよ、様を」


 ライガの掛け声と共に俺たちは夜の街を駆けた。

 そして止まった。


「…そういや、どこに行けばいいんだ?」


「はぁ? 分かってないなら仕切らないでよ! もう… ルーク、案内お願い」


 何とも締まらないスタートだ… 士気も軽く落ちてしまった。

 気を取り直して、俺たちはルカの元へ駆けた。



__________




 王都からかなり離れた所にある貧民街。その中央区域に立つ色褪せた廃墟、その付近にまで来た。


「ゼェ… ゼェ… ちょ、ちょっと待ってくれよ…」


「…情けないわね、男でしょ? これくらいで音を上げないでよ」


「いや、この距離は… 聞いてないって… ゲホッゲホッ」


 ライガがむせるほどに息を切らし、肩で呼吸している。

 無理もない、ライガと言えど、数十キロの道のりを休憩なしで走ってきたのだから、いくら身体能力の高いライガでも厳しいだろう。

 ちなみに俺たちが走ってる中、アイシャは魔術で飛んできた。

 飛行系統の魔術は風系統で飛ぶのも、重力系統で飛ぶのも、どの魔術も莫大な魔力を要する。

 そのはずなのだがアイシャには全くと言っていいほど疲労した様子はない。

 ここまで来ると、流石という言葉以外思い浮かばなくなる。


「アイシャが俺とルークにも飛行魔術かけてくれれば良かったんだよ」


「嫌よ、疲れるし。それと様をつけなさい」


「あとルークはなんで息が切れてないんだよ!」


「あー… これが答えだ」


 俺はライガの背中に触れ、治癒魔術をかける。


「おっ! すげぇ! さっきまでの疲労が嘘みたいに消えた!! サンキュー!」


「どういたしまして」


「…へぇ、あなたの治癒魔術、疲労も回復させられるのね」


「ん? ちょっと待て! 道中もこれしてくれたら良かったじゃんかよ!」


「気づいたか… 気づかないでくれれば楽だったんだが」


「あっ… わりぃ、その感じだとなんか理由あんのな。回数制限とかか?」


「いや、そういう訳では無い。最後に回復させた方が楽だし消費魔力も抑えられる。それと単純にめんどくさかったから」


「んな! このやろ…! 後で覚えとけよ」


「はいはい、男子ふたりの仲睦まじいやり取りはもういいから。ここからどうするの?」


 俺たちは目的である目の前の廃墟に意識を向ける。

 廃墟は錆や劣化で脆くなっており、一般的な民家より一回り大きい程度で、破壊するのも容易いだろう。


「あの大きさなら、中にいる人数も少なそうね」


「いや、廃墟の下に広大な地下があります。配置されている構成員も百は超えるでしょう」


「…詳しいなルーク、どこでその情報を掴んだんだ?」


「…秘密で」


「ふーん… まぁいっか、んじゃ3人で地下に一気に突入するか!」


「いや、悪いが誰かひとりは単独で突入してもらう。離れた所にあるもうひとつの廃墟、あそこに避難用の出入口がある。ふたりが暴れて気を引いてる間、そこから侵入して彼女を救出してもらう」


 俺はもうひとつの入口を指で指し示す。

 3人で一点突破するのが常識的に考えて最も安全策だろう。だがそれは救出目標であるルカが安全では無い。

 どんなに手際よく進んだとしても、最後の最後でルカを人質にされれば為す術がなくなる。

 敵がルカを人質にするよりも早くルカを救い出さないとならない。重要な役割だ。

 真っ先に提案したのはアイシャだ。


「ルーク、あなたが単独突入しなさい。中の構造も詳しいようだし、もしルカが傷を負わされていたとしてもあなたならすぐに治療できるし」


「ッ…!!」


 アイシャの残酷な想定に対し、ライガがいきり立つ。


「…姉を想う気持ちはよく分かるわ。けど最悪の想定もしておくべきよ。じゃないとその場面に直面した時、動揺で選択を間違えるから。分かったら無理やりにでも飲み込んで心を鎮めなさい」


「でも…! そんなん聞かされて落ち着いていられるかよ! その単独突入、俺に任せてくれよ! 必ず助けて見せる!」


「そんな調子だから任せられないのよ。もし彼女が見るに堪えない状態だったらあなた絶対暴走するでしょ、そんな人に任せられないわ。分かったら落ち着きなさい」


 ライガは歯ぎしりしながらも、なんとか自分を鎮めることに成功する。だが胸の内は悔しさと怒りで張り裂ける寸前だろう。

 しかし、だからこそ…


「単独での突入はライガに任せようと思う」


「えっ… い、いいのか? サンキュー! ルーク!」


「ダ、ダメに決まってるでしょ! 何言ってるのよルーク、もしルカが見るに堪えない状態だったら彼は絶対に暴走するわよ!」


「その危険はあるでしょう… けど囮役となるふたりの方に重点を置いた時、互いに治癒魔術でカバーし合える俺とアイシャ様のコンビの方が適している」


「それは… そうだろうけど、でもやっぱり彼じゃ危険よ! 入り組んでいる地下を把握しているあなたの方が適任なのは間違いないのだし」


「俺は完全に地下を掌握しているわけじゃない。それに地下の構造が分かってても、ルカがどこに囚われているかは分からないのだから手当り次第探すしかない。それならライガと大差無いですよ」


「それでもやっぱり…」


「アイシャ様は俺と一緒に戦うのは嫌ですか?」


「へ? そ、そういうわけじゃ… ルークの方がやりやすいし… なんと言うか、安心は… するけど…」


 途端にアイシャがモジモジと手弄りしながら小声になっていく。

 先程までハキハキと喋っていたのに、後半声が小さ過ぎて聞き取れなかった。


「…ルークってモテるよな」


「急にどうした」


「学園でもお前に熱をあげる女子多いし、皇女様もこの様子だし」


「今する話じゃない」


「その反応… 自覚あるなこいつ… まぁいいや、んじゃ姉ちゃんは俺に任せて貰うぜ! 俺が動きやすいように囮役しっかり頼んだぜ!」


「ああ、そっちこそ!」


 ライガはさっき狼狽えていたとは思えないほどに、意気揚々としている。


「アイシャも頼んだぜ! ルークの足引っ張るなよ!」


「う、うるさいわよ! 足引っ張るとしたらルークの方よ! あといい加減に様をつけなさい!」


「ってかよー、ルークが愚痴ってたけど、ルークには最初、様を付けるなって言ってたんだろ? なんでルーク以外には様付けしろって言うんだよ」


「ッ…! そ、それは… ルークはお堅すぎるから言っただけで、あなたは軽すぎるからそれが無礼っていうか… だから…」


「あーはいはい、ルークが特別なのはよーくわかりました! んじゃ、4《・》で無事に帰れるようがんばろうぜ! それじゃな!」


「あっ! ちょっと! あーもう!!」


 ライガのちょっとした仕返しにアイシャは憤慨している。だがそれも、もしかしたらライガなりに俺たちの士気を高めようとしてくれたのかもしれない。

 現に先程よりも重苦しい空気は流れていなかった。


「私達も行くわよルーク! さっさと片付けてあなたが言った愚痴とやらを根掘り葉掘り聞き出してあげるから!!」


 士気(怒気)の高いアイシャと共に、盗賊のアジトへする。ただ士気の代償にとんでもない未来が確定してしまった。

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