08.正体の露見

 暑い日差しが照りつける。バシャバシャと水の跳ねる音と、気合いの入った声が目の前のプールから鳴り止む事無く聞こえてくる。

 俺はボールが激しく飛び交うのを、パラソルの下でただぼーっと眺めていた。


「くらえっ!!」


「なんのっ!! それっ!!」


 学園の休日、ルカとライガに誘われ、イクスフォリア家が所有しているプールに来ている。

 服装は、ライガと俺は紺の海パン、ルカはチェック柄の白いビキニだ。

 プールで繰り広げられているスポーツは、王国で最近流行っている「ビーチバレー」と、言うものらしい。

 自分の陣地にボールを落とした方が負け、というシンプルなルールだ。

 ライガは持ち前の高い身体能力で、ルカは風系統魔術で相手の陣地にボールを叩き込み、接戦を繰り広げている。

 俺は順番が回ってくるまで、設置されたパラソルの下で観戦中だ。


「ルーク様、飲み物をお持ちしました」


「あっ、ありがとうございます。トラウさん」


 イクスフォリア家専属執事のトラウが気を遣い、果実水を持ってくる。


「敬称はいりませんよ。今のあなたはお嬢様の婚約者であられるのですから、どうぞ気軽にトラウとお呼びくださいませ」


「あー… もう少し先でいいですか? まだ慣れなくて…」


「そうですか、分かりました。ではそれは今後の楽しみとしてとっておきましょう」


 渡された果実水を一口飲む。

 爽やかな甘みとほのかな酸味がバランス良く口の中に広がり、口当たりもよく、喉越しも申し分ない。


「今まで味わってきた飲み物の中で一番美味しいです。何の果実を使っているのですか?」


「王国特産の希少な果実を私オリジナルの配分で調合しております。お口に合って幸いです」


 流石、公爵家の執事と言ったところか。

 この大きな屋敷の家事全般を担っているのだ。飲み物など朝飯前だろう。


「まだこの家に馴染めませんか?」


 ふと、トラウから聞かれる


「そう…ですね。自分が公爵家の一員になるなんて未だに信じられません」


「ふふ… そんなもの、こうやって共に時間を過ごしていけば、いずれ気にならなくなりますよ」


「だと、いいんですがね…」


「…ルーク様はお嬢様の事をどう思ってますか?」


 和んだ空気が一転し、重くなる。

 トラウの方を見ると、真剣な眼差しで見詰められていた。


「ルカさんをですか? どうして急にそんなことを?」


「ルーク様のお嬢様を見る目に、愛情を感じないのです」


「愛情…ですか。トラウさんって意外とロマンチストなんですね」


「私は僭越ながらお二人に対し、親のような感情を抱いております。そのお相手がお嬢様に何の感情も抱いてないのが我慢ならないのです」


「…俺がルカさんを愛していなかったとして、それでトラウさんはどうするのですか?」


「ルーク様にお嬢様の魅力を全力で伝えます」


 予想の斜め上の返答が来た。


「あー… そこは普通、[お嬢様を真剣に愛さないと殺すぞ小僧!!]とか、脅すセリフを言うべきでは?」


「ハハハッ、お嬢様の愛したお方にそんなこと言えませんよ」


 トラウはプールで競っている二人を遠い目で見る。


「お嬢様はああ見えて昔、誘拐された事をきっかけに部屋に閉じこもってしまった事があるのです」


「ルカさんが… ですか…」


「ええ、家族総出で必死に励ましました。けれどお嬢様は心を開いてはくれず… イクスフォリア家は崩壊寸前まで追い詰められていました」


「…ルカさんはどうやって立ち直ったのですか?」


「私も詳しくは知りません。ですが、坊っちゃまが助けたと聞き及んでおります」


 俺は執事からルカへ視線を移す。

 ルカは魔術を巧みに使い、ボールをライガの陣地に叩き込んでいた。

 その顔は、とても楽しそうだった。

 今のルカを見ていると、そんな過去が存在したなんてとても信じられない。


「お嬢様はとても強いお方です。ですが、弱い一面も持っておられます。隠しているだけで… ですので、つがいとなるルーク様にはお嬢様を心の底から愛して欲しいのです」


「…心の底からですか。俺には難しい話ですね」


 この執事はその者の目を見るだけで深層心理を見抜いてくる。

 ならば、どんなに偽ろうとも無意味だ。だからこそ己の本音を話す。


「ルーク様の過去を詮索する資格もなければ、ルーク様に愛情を強制する資格も私にはありません。なので、私はただお嬢様の魅力をお伝えする事しかできません。少し長くなりますが聞いていただいてもよろしいでしょうか?」


「…お好きにどうぞ」


「では、好きにやらせていただきます。お嬢様はその美貌にそぐわぬ聖人の如き慈愛の心を持っています。それでいて誰にでも億さずにものを言える勇ましさも兼ね備えています。まさに理想の女性です」


「理想の女性ねぇ…」


 アイシャもそう言われていたが、蓋を開けてみればあれだからなぁ…

 周りの意見など、全く参考にならないことを帝国に来て学んだ。

 ルカも周りの対応と、弟であるライガの対応は雲泥の差がある。

 きっと弟と接する姿が彼女の素だ。俺も時が経てばあんな風に扱われるのだろう。


「男性の競争率も高いのですよ。王子様達もこぞってお嬢様を取り合っています。第4王子であるテンス殿下も、今はアイシャ様に熱を上げておられますが昔はお嬢様に骨抜きだったのですよ」


 あの王子、ルカにも手を出してたのか…


「それにお嬢様は見ての通りスタイルもとても素晴らしい。ルーク様は隠している様ですがそういうのに興味を持つお年頃です。お嬢様に打ち明けてみては? きっと受け入れて貰えますよ」


「いや隠してるとかじゃないですから、ってか執事がそんなこと言っていいのですか?」


「話した相手がルーク様ならお嬢様も何も言わないでしょう、ルーク様以外なら怒られてしまうでしょうが」


 ルカは自分の近くに落ちたボールは魔術を使わず手で返している。

 その際、二つのたわわな果実を大いに揺れている。

 

「今、あなたが眺めているものもいずれあなたのものになるのですよ」


「結婚したからって彼女の体は彼女のものですよ」


「そんな冷めた返答をできるのは王国中を探してもあなたくらいなものでしょう。 …っとまだ語り足りないのですがどうやら終わってしまったようです」


 限りなく猥談に近い雑談をしていると、激しく繰り広げられていた試合に決着がつく。


「やったー!! 勝ったー!!」


「あーっ!! 負けた!! くそっ!!」


「なーやっぱ魔術禁止にしようぜ! 強すぎるだろ!」


「そうしたらあなたの独壇場じゃない! 却下!!」


 二人がプールを上がり、タオルで体を拭きながら歩いてくる。


「あら、トラウもいたの。どうしたの二人して」


「いえいえ、何でもございません。惜しかったですね坊っちゃま」


「あ、トラウ! 坊っちゃまってもう呼ぶなって何度も言ってるだろ! 子供っぽいからやめろって!」


「これはこれは、失礼致しました。お二人の小さい頃からお世話しておりますと、どうしてもその頃と重ねてしまって」


「ったく…! もう子供じゃねぇんだからよ!」


「ええ、立派になられましたねライガ様」


「何言ってるのよトラウ、どこが立派よ。まだまだ子供じゃない」


「んな! 言ったなぁ!!」


「はいはい、すぐに怒る幼稚な弟なんて放っておいて行きましょ。ルークさん」


「あっ、おい! 勝手に決めるなよ。次は俺がルークとやるんだよ!」


「バカね、勝ち残りに決まってるでしょ? 敗者は引っ込んでなさい」


「ぐ、ぐぬぬ…」


 座っている俺にルカはしゃがみこみ、手を差し出す。

 髪からしたたれ落ちた雫が首筋を伝い胸元に吸い込まれていく。

 実に麗しくなまめかしい。他の男共が堕ちるのも頷ける。


「…? どうかしましたか? ルークさん」


「いえ、何でもありません。お気になさらず」


「そうですか… ルークさんも一戦やりませんか? きっと楽しいですよ!」


「ええ、望むところです。お相手しましょう!」


 ルカに手を引かれプールへ、入っていく。

 プールにボールが飛び交い、水しぶきが跳ねる。


「いけー! ルーク! 姉ちゃんなんか負かしちまえー!」


「あの愚弟、後で絞めないといけませんね… そのためにもすぐに終わらせてあげます! ルークさん!」


「そう簡単には負けませんよ!」


 先程のライガの試合に負けず劣らずの白熱した戦いが繰り広げられる。

 その試合には気合いの入った掛け声と笑い声が響き、青春の1ページとして相応しい光景だった。

 その誰もが鳴りを潜める悪意に気付かずに…



__________




 隣国交流演習が始まり20日経った。

 あと、10日でこの演習も終わり、帝国の生徒は帝国へと帰る事になっている。だが俺はルカとの婚約があり、帰ることは叶わない。

 俺は講義中にも関わらず、盛大なため息を吐いた。

 幸運にも教師にはため息はバレずに注意を受けることも無く講義は進んでいく。

 あれからというもの特に出来事もなく普通に過ごしていた。

 何事もないのを吉ととるか凶ととるか…

 何事もないというのは、今の俺の詰んでいる状況を打開するような幸運な出来事もないと言えるのだ。

 いや、既に詰んでいるのだ。これ以上悪い出来事など起こらないだろう。

 俺は考えるのを止め、講義に集中しようとした。

 その時だった。


「ルーク・ディーゼルはいるか!!」


 教室の扉が勢い良く開かれ、そこから複数の騎士がゾロゾロと入ってきた。


「ルーク・ディーゼル!! いるなら出てこい!!」


 教師も生徒も突然のことに、訳が分からず混乱する中、俺は騎士からの指名を受け、手を挙げた。


「…はい、ルーク・ディーゼルは私の事ですが、騎士の方々がこんな所まで来て下さるとは、一体どういうご用件でしょうか?」


「お前にイクスフォリア公爵家長女、ルカ・イクスフォリアの誘拐もしくは殺害の容疑がかけられている!」


「…は?」


 告げられた言葉は、あまりにも衝撃的な内容だった。

 

「ルカ・イクスフォリアが昨夜、何者かによって自室から連れ去られた」


「そんな… ルカさんが…」


「そして、イクスフォリア家に使えている侍女から昨夜、婚約者であるルーク・ディーゼルに似た人影を見掛けたと証言が取れた!」


「そんな! な、何かの間違いです! 俺は昨日は学園から帰ったあとずっと寮にいました! そんなはずはありません!」


「だが、お前はイクスフォリア家にほぼ毎日行っていたそうだな、屋敷を熟知しているお前なら犯行は容易いだろう」


「それは! 誘われたからであって、婚約者として応じる義務があるから行かざるを得なかったからだ!!」


「誘われたから、なんてそんなのを信じるほど、我々は愚かではない。さぁ共に来てもらおうか!」


「ッ…」


 抵抗虚しく俺は、騎士達に連れていかれることが決定した。

 だが、連れていく前に騎士の一人が紋様の描かれた1枚の紙を取り出した。


「だが、その前にまずやっておく事がある。腕を出せ!」


「は…?」


「魔族じゃないか調べるためだ。早く腕を出せ!」


「なっ!? 容疑がかけられているとしても、何故そこまで調べられなければいけないのですか!」 


「王国ではこれが主流だ。魔族が人間に成り済まし、国に入り込んでいる事を考慮し、容疑がかかったもの全てに魔族ではないか、スクロールを使い確かめている」


「ッ…!」


 騎士は俺の腕を掴み、腰の剣で浅く切った。


「やめろっ!!」


「大人しくしろ、これはお前の容疑を晴らすためにも必要なことなのだ」


 腕を切った騎士は、剣に着いた血をスクロールに垂らした。


「このスクロールに描かれた魔術紋が赤く光れば人間、青く光れば魔族ということが分かる。自分の潔白を証明したいのであれば大人しく結果を待つことだ」


 血を垂らしたスクロールは、その血を完全に吸い取り光を放ち始めた。

 ただ、その色は…


「これは… どういう事だ…!?」


 騎士が驚愕し、たじろぐ。

 スクロールが放った光は赤でも青でもない、禍々しい至極色だった。


「初めて見る…!! これは人間の血と魔族の血、その両方が反応した時に出る光だ!!」


「…っ! 離せ!!」


「おい! 絶対にこいつを逃がすな!! こいつ…伝承にあった…世界に災厄をもたらした魔王と同じ半魔だ!!」


「な、何かの間違いだ! こんなっ!!」


 騎士達だけではなく、教室にいる人間全員が驚愕する。中には顔を真っ青にして恐怖のあまり声を上げるものまでいた。


「嘘だろ? 半魔なんて本当に実在したのかよ?」


「勇者が生まれた時に必ず世界に災厄をもたらされるってもしかしてこいつが!!」


「ひっ…!! 早く殺して!!」


 教室が阿鼻叫喚に包まれた。

 俺は騎士達を振り払い、その場からの逃亡を試みる。だが…


「「「うわあああぁぁあ!!!」」」


「ヅッ…!!」


 俺が少し動いた瞬間、騎士達が興奮状態に陥り、凄まじい勢いで取り押さえられた。

 何度も殴られ、蹴られ、踏まれ、終いには骨を折られ、鎧を身に付けた騎士総出で押し潰す勢いで押さえつけられる。


「こいつを牢へ運ぶぞ! 鉄輪をかけろ! あと隷属の首輪もだ! 急げ!!」


 俺は両手を鉄輪で繋がれ、そのまま牢へ連行された。

 

 

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