05.テンス殿下との一戦?

 時は学園放課後の剣術指南訓練、場所は闘技場の休憩スペース、ライガと一戦を終え、次の一戦に向け息を整えてる所だ。


「姉ちゃんに告白されたぁ?」


 今朝の婚約の件で弟であるライガから話を聞こうとした。だが、反応から見るにライガも初耳らしい。


「姉ちゃん昔から何考えてんのか分かんなかったけど、今回は特に分かんねぇなぁ…」


「ルカ様って昔からああなのか?」


「ああ、自由奔放や天真爛漫って言葉がぴったり当てはまる人だよ。昔からやりたい放題で周りがどれだけ苦労したことか」


 ライガが空を仰いで、ため息混じりに言う。

 典型的な熱血系であるライガがここまで言うとは… かけられた苦労の度合いが伺える。


「一度、森を移動してる時に護衛を撒いて森の中を遊びに行って誘拐されたことがあるんだよ」


「えっ、まじか」


「ああ、その性格をどこかで聞きつけて盗賊達に狙われてたみたいでよ。幸い盗賊達が内輪揉めで争ったらしくてな、駆けつけた時には全滅しててよ。それでどうにか事なきを得たんだが… それ以降は比較的大人しくなったんだけどなぁ…」


「あれで大人しくなった方だったのか…」


 王国は帝国と違い、女性にも爵位継承権がある。

 故にイクスフォリア公爵家の長女であるルカは、いずれ爵位を受け継ぐ。その公爵家の跡取りともあろうものが、隣国の皇女に初対面でだのだの、終いにはと言い放つ有様だ。あの無礼千番な態度で大人しくなった方なのか…


「なんか悪ぃな… 嫌だったら断ってくれて良いからよ」


「それが無理なんだよな、もう国とディーゼル家俺の家に話をつけてあるらしい。このまま行けば俺はこの国に残って正式に婚約させられる」


「マジかよ… なんかほんとごめん…」


 ライガが本当に申し訳なさそうに謝った。

 彼のここまで弱々しい声は初めてだ。


「ま、まぁでもよ。悪いことばかりじゃねぇぜ!」


 ライガは自分にはどうしようもできない事を悟り、慰める方向へ舵を切る。


「姉ちゃん中身はともかく外見は良いからよ。めちゃくちゃモテてるし、ルークも公爵家に婿入りするのは類を見ない程の凄い成り上がりじゃないか!」


 ライガは必死に婚約した時の利点を挙げる。

 だが、正直どれも俺にはいらないものばかりだ。


「俺も義弟になったら出来る限りサポートするから! な?」


 ライガは手を合わせ、許しを乞うように言う。

 別にライガに怒っている訳ではないのだが…


「おい!!」


 ライガと休憩スペースで話している最中、唐突に声をかけられた。

 声のした方へ、視線を向けるとそこには第4王子、テンス・シーラーン・アウス殿下が立っていた。


「お前がルーク・ディーゼルか!」


「…はい、私がルーク・ディーゼルです。初めまして、テンス殿下」


「挨拶はいい! 来い!」


 テンス殿下に手首を捕まれ、連れて行かれる。

 残されたライガから、哀れみの目が向けられていた。

 それもそうだろう。王子からの呼び出しなど、ろくなことがない。


 連れて行かれる途中、どこか違和感を感じた。

 違和感の正体を探るが、解明する前に目的地に着いてしまった。

 連れてこられた所は闘技場の中央、最も目立つ場所だ。


「剣を抜け! 僕の将来の妻にまとわりつく汚らわしい犬め!!」


「えっと… どういう事でしょうか?」


「とぼけるな! お前がアイシャに付きまとっている事は知っている! ここで僕に負けたら二度と近づかないと誓え!!」


 察するに殿下は俺がアイシャに付きまとっていると勘違いしているらしい。

 無理もない、貴族間では皇女の飼い犬と呼ばれているくらいだ。

 こういう勘違いを生むのは仕方のないことなのだが… 好きで連れ回されているわけじゃないのにこの言われようは少し腹が立つ。


「さぁその腰の剣を抜け! 構えろ! そして負けたら二度と近づかないと誓え!!」


 殿下が無駄にデカい声で言ってくる。

 観客席を見渡すと優雅に茶を飲みながら試合を観戦しているアイシャがいた。

 どうやらテンス殿下の狙いは邪魔者の排除と点数稼ぎのようだ。

 アイシャと踊る約束を交わした誕生日パーティまでに少しでもアイシャの好感度を稼いでおこうという腹つもりらしい。


「…はぁ、わかりました。よろしくお願いします」


 俺は渋々、腰の模擬剣を抜き、構える。

 相手は王子だ。負かすと後が怖い。

 引き分けも難しいだろう。殿下の意気込みから察するに勝敗が着くまで永遠にかかってきそうだ。

 ここは殿下の狙い通りに動く他、選択肢がないだろう。

 つまりは、善戦したように見せかけてわざと負けなければならないのだ。

 この国に来てからというもの、やたら運が悪いな…

 心の中で壮大なため息を吐きつつも、外面はテンス殿下を見据え、真剣な表情を取り繕う。


「行くぞ!! うぉぉおおおおおお!!!」

 

 テンス殿下が猛突進してくる。

 動きは完全にど素人だ。ここからどうやってそれなりに見栄えのある試合にするか考える。

 だが、それはすぐに無意味となった。


「ヘブッ!!」


 勢いよく突っ込んできたテンス殿下が、そのまま勢いよく躓き転倒した。


「…えっと」


 沈黙が訪れる。

 観客席にも他の試合をしている生徒達も沈黙していた。

 喧騒が鳴り止むことがない闘技場が静寂に包まれてしまった。


「テンス殿下、大丈夫ですか?」


 治癒魔法を施そうと駆け寄る。


「でやぁ!!」


 俺が殿下の近くまで来た瞬間に、飛び起き剣を振るわれた。

 当たるのが正解だっただろう。殿下の心情を考えれば。

 だが、咄嗟のことで無意識な避けてしまった。


「ど、どど、どうだ! 僕の完璧な演技は!! 見事に騙されただろう!!」


 テンス殿下は涙目になりつつも無理やり笑みを作り、必死に誤魔化そうとしていた。


「さ、さぁ続きをやるぞ! 構えろ!」


「殿下、一度中断しましょう」


「な、何を言ってる! まさか僕が転んだのを本気だと思ってるのか!! 演技だぞ!! 作戦なんだぞ!!」


「えぇ、分かってますとも。非の打ち所のない完璧な演技でございました。ですが、それにより膝にお怪我が…」


「こ、この程度、何ともない! だから続きを!」


「殿下はこの国を導くお方なのですから、ご自分の身を大事になさってください。ささ、まずは治療を」


「む… 分かった」


 殿下は拗ねた態度で返事をする。

 とりあえず試合を中断できたのは僥倖だ。後はこのまま試合を中止にできれば完璧なのだが…


 テンス殿下の近くにより、膝を治療しようとしゃがむ。

 その時、王子の靴が多少分厚い事に気づいた。


「殿下、この靴はどうしたのですか?」


「む、お前いい所に気がつくな! これは未来の妻たるアイシャからのプレゼントだ!」


「アイシャ様から?」


「そうだ! 悔しいだろう! 僕達は既に贈り物をし合う仲になっているのだ!!」


 違和感の正体にようやく気づいた。

 身長差だ。テンス殿下の身長が靴のせいで高くなっている。

 テンス殿下は、俺より少し低いアイシャよりも更に低かった。

 だが、それが今、俺と並ぶまでに身長が盛られている。

 それほどの厚いシューズを履いて、思い切り走ったら転けるのは必然だろう。


「おい、何をボーッとしている! 早く治せ!」


「これは失礼しました。では…」


 思索にふけっていると王子から治療を催促されてしまった。

 一度、考えるのを止め治癒魔法を発動させる。

 だが途中で遮られた。


「テンス殿下は私が治療するわ。ルークは下がりなさい」


 観客席にいたはずのアイシャに止められた。

 どうやら風属性の魔術で観客席からここまで飛んできたようだ。


「おお! アイシャ! 感謝する! 流石は将来の妻よ!」


「殿下、足を出してください」


 俺を押し退け、アイシャが治癒魔法を発動させ、治療を施す。

 洞窟で足を捻った時に使わなかった事を考えると、恐らく最近習得したのだろう。

 ジルバフも言っていたが、やはり化け物と呼ばれても遜色ない程の才能だ。


「いつの間に治癒魔法を?」


「聞こえなかったかしら? 下がりなさいって言ったの」


 …少し驚いた。しつこい取り巻き達にしていた対応を初めて俺にも使われた。

 婚約のことで怒っているのだろうか…?


「テンス殿下、靴の調子は如何ですか?」


「まだ慣れないが問題ない! すぐに履き慣らして見せるさ! なんせアイシャからのプレゼントだからな!」


「そう、なら良かったです」


「それにしてもアイシャは気が利くな! 僕と踊る時の事を考えて、僕が恥をかかぬよう身長差を無くしてくれるとは!」


「いえいえ、当然のことですよ。未来の旦那様♡」


「おお!! 嬉しいぞアイシャ!! 僕は今、感激しておる!! そなたと踊る誕生日パーティが楽しみで仕方ないぞ!」


「私も楽しみで仕方ありません」


「いやはや今まで憂鬱で仕方なかった誕生日パーティがこんなに楽しみになろうとは夢にも思わなかったぞ!!」


「最高のパーティにしましょうね」


「ああ!! もちろんだ!!」


 傍から見たら完全に相思相愛のお似合いカップルだ。

 俺は完全に置物になっていた。

 アイシャが下がれと言ったのだし、テンス殿下も模擬戦の続きをやるとは言わないだろう。

 結果的にはアイシャに助けられた事になるな。

 俺は、ハートマークが飛び交う2人を置いて、その場を去った。


 途中、横目にアイシャを見てしまった。

 アイシャはまさに俺と会う以前の理想の皇女そのものだった。

 笑顔で語るアイシャの姿に、思わず鳥肌が立ってしまった。

 王国の公爵家子女も何を考えてるか分からなければ、帝国の皇女も何を考えてるのかさっぱりだ…


 ライガと共に帰路につく頃には、俺は生まれてこの方、一度も味わってないほどの疲労感に襲われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る