3ルカ・イクスオルファ
テンス殿下の告白、それを止めずに見送った。
それ以降、アイシャとは徐々に疎遠になっていった…
などということはなく。
「昨日は随分とお楽しみだった様子で」
と、開幕初撃から皮肉めいたセリフを食らわされた。
今朝、寮を出たらアイシャが入口近くで待っていた。
当分は口を聞かないか、ずっと不機嫌で愚痴を言われ続けるかの二択と予想していたが、答えはそのどちらでもなく何事も無かったかのようないつもの彼女だ。
昨日のテンス殿下の告白は話題に出されなかった。変わりに昨日の闘技場での出来事をぶつけられている。
「あ〜… 女子の歓声はまぁ不可抗力じゃないですか」
「そっちじゃないわよ、イクスオルファ家の次男との試合よ」
「あっ、そっちか」
女子生徒からの歓声を受けていた時、アイシャが冷たい目で睨まれていたので、その件かと思ったがどうやら違うようだ。
その後のライガとの模擬戦の事を指していたようだ。
「彼… ライガ君だったわよね?
「えっ、そうなのですか? 確かに強かったけど…」
「それと互角に戦った貴方の事で、学園はその話題で持ち切りよ」
昨日、ライガから色々と話を聞いたが自分が強い等とは一度も言っていなかった。
まぁあいつの性格上、自分の事は聞かれない限り答えないだろう。
ライガ自身の事は深くは聞かなかったが、イクスオルファ家については聞ける限り話を聞いた。
イクスオルファ家はシーラーアウス王国の中では王族の次に権力を持っている公爵家だ。
ライガの言っていた他国の貴族である俺をシーラーアウス王国の騎士にするというバカげた話も、公爵家なら可能だろう。
「…凄い楽しそうだったわよ」
「ん? 何がですか?」
「ライガ君との試合」
「俺がですか? それはないですよ、ライガの奴、本当に強くてヒヤヒヤしたんですから」
「フフッ、ヒヤヒヤねぇ… 戦ってる時いい顔してたわよ」
「そんなことはないです」
「ライガ君と一緒に居た時も楽しそうだったし、少し安心したわ」
「安心…ですか?」
「そう、安心。ルーク私以外友達いなかったし」
「いや何目線ですか」
「え? んー…姉目線? 世話がかかる弟みたいな」
「姉ですか… ならもう少し大人の余裕を持っていただきたいのですが」
「失礼ね、私は充分大人じゃない」
「そーですか? ま、そういう事にしておきますか」
「なんだか癪に障るわね、その言い方」
俺たちは他愛のない会話をしながら王国の学園へ向かっていた。
だが突然、道中で声をかけられた。
「失礼、ルーク・ディーゼル様でしょうか?」
「え? あっはい、そうですけど… 貴方は?」
声をかけてきたのは執事服を身に纏った20代後半の若い執事だ。特徴的なのは整えられた黒髪と高身長、後は睨まれていると錯覚させるほどの際立ったツリ目だろうか。立ち振る舞いからも出来る雰囲気を漂わせている。
「私はイクスオルファ家に仕えている執事、名をトラウと言います。どうぞお見知り置き」
「ライガさんの所の執事でしたか、これはこれは、軽率な態度を取ってしまった事を謝罪します。それで私に何か御用でしょうか?」
「はい、我が主のご息女であり、いずれ当主となるお方、ルカ・イクスオルファ様がルーク様を呼んでおります。どうかご同行を」
「ライガさんのお姉さんが? 何故です?」
「申し訳ありません。それは私にも伝えられておりません。ただ連れてこいと命を受けまして」
「なるほど、分かりました。案内をお願いします」
王国で2番目に権力を持つイクスオルファ公爵家からの呼び出しだ。俺に拒否権はない。
「ちょ、ちょっと待って! 今から講義でしょ?」
「公爵家の呼び出しの方が優先順位は高いだろうし、申し訳ないのですがアイシャ様は先に行っててください。俺は遅れて行きます」
「え!? いやでも… それは… ええっと」
何故かアイシャが当事者よりも慌てふためく。
「学園には私が連絡しておきました。今日は公欠にしてくれるそうです」
見た目通りに出来る執事だ。
俺が断らない…と言うより断れないのを見越して先に学園に連絡を入れていたとは。
少し感心してしまった。
「え、ええっと… なら私も行くわ!」
「…え? なんで?」
「あっいや… うーん… 付き添い? 姉的な付き添いってやつよ! ルークが心配だし!」
付き添いって…
俺は心の中で引き気味なツッコミを入れていた。
「構わないわよね! 執事さん!」
「トラウと申します。特に言及はされておりませんがここはご遠慮していただきたく… せめて許可を取ってきますのでその後で」
「い・い・わ・よ・ね!!」
「…かしこましました。ではお二人を案内させていただきます」
アイシャの圧に出来る風の執事が負けた。
この様でどの口が大人の余裕などと、のたまわっていたのだろうか?
執事は気を取り直して、俺たちをイクスオルファ家の跡取りの元へ案内する。
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馬車で運ばれ数刻後、とある屋敷に連れていかれた。
外見中身共にかなり豪華で、入った者に優雅さを感じさせる造りだった。
大きさはディーゼル家の屋敷より数段大きいが、公爵家の屋敷としては小さすぎる。
きっと本邸は別で、ここは王都用に作られた別邸なのだろう。
「エミリス様、お連れしました」
「ありがとう、トラウ」
俺たちは応接間に案内された。
そこには1人の女子生徒が座っていた。
その女子生徒は銀色の髪を方の位置で切り揃え、ふわりとたなびかせており、端正な顔立ちに洒落た眼鏡を掛けている。その眼鏡の奥にある瞳には聡明さを感じさせる。まさに文学系美人と表現しようか。
その文学系美人はアイシャに気づき、執事のトラウに口を開く。
「あら? 余計なのが1人いるのだけれど」
「申し訳ありません、強く希望されたので私の勝手な判断で連れてまいりました」
執事はアイシャに圧力をかけられ、半強制的に案内させられたのだが、自分のミスと口述する。
こういう場合、言い訳を並べる方が不格好に見えるのを悟っているのだろう。端的に申し開きの言葉を口にした。
「余計で悪かったわね、こんにちは! ルカ・イクスオルファ!」
「あら失礼、ご機嫌麗しゅうございます。アイシャ・アレイス・ルーアドラ様」
「それで? ルークを呼び出した用って何なのかしら?」
アイシャが迷いなく、速攻で詰め寄っていく。
アイシャの豪快な態度にルカは優雅に対応して行く。
「少しプライベートな内容でして… 出来れば2人きりにさせて欲しいのですが」
「嫌よ、それを許せたらここまでついてきてないわ」
「それもそうですね。分かりました。では私もあなたを置物として見て、出来る限り意識の外へと追いやることにします」
ライガの姉と言うだけあって、中々に肝が据わってる。他国の皇女にここまでふてぶてしく出れるとは…
アイシャはその不遜な態度に、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ルークさん…」
ルカはアイシャを無視して、ゆっくりと俺に近づいてくる。
「えー、挨拶が遅れて申し訳ない。ご存知の通りですが改めて、ルーク・ディーゼルと申しま…」
挨拶の途中だったのだが、ルカはふわりと俺に近づき、俺の手をその柔らかい両手で包んだ。
その顔は紅葉のように染まり、その理知的な瞳を輝かせていた。
急接近に驚き、俺は唾を飲む。
その次の瞬間、衝撃的な言葉を放たれた。
「私と結婚しませんか?」
俺はその言葉を聞いて、まるで魔法をかけられたかのように身体が石のように固まっていた。
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