2.テンス殿下の告白

 剣術指南訓練の時間が終わり、男子生徒一同に解散が告げられた。

 俺は外で待っているであろうアイシャの元へ歩いて行く。

 何故、一介の公子である俺を皇女のアイシャが待っているのかと誰しもが疑問に思うだろう。俺も疑問に思っている。

 ただ、これで1人で寮に戻ったら明日がとてつもなく面倒くさい事になるのだ。


 学園でも四六時中一緒にいるため、俺は生徒の間で[皇女の飼い犬]と呼ばれている。

 不愉快極まりないが権力に圧倒的差があるので学園を去る以外に手の打ちようがない。

 当初は目立たず波風立てず学園で速やかに目的を果たす。その予定だったのだが…

 アイシャの元へ向かいながら、どこで間違えたのか思考を巡らす。


 ふと、後ろから声をかけられた。


「ルーク! 待てよ! 一緒に帰ろうぜ!」


 先程、模擬剣を交えた相手、ライガだ。


「あ〜、悪いのですがライガさん」


「タメ語でいいって、ルーク」


「…悪いけどライガ、この先で待っている人と一緒に帰る予定なんだ」


「あー、そうなのか… そりゃあ仕方ねえな」


 意外と聞き分けがいい。

 しつこくダル絡みされるかと思ったが、どうやら諦めてくれたようだ。


「そんじゃ途中まで話そうぜ!」


 前言撤回、そんなことは無かった。


「ルークの剣術、初めて見たんだけどよ。どこの流派なんだ?」


「俺のは自己流だよ。他人から剣術なんて教わってない」


「まじかよすげえな! 洗練された動きだったからよ! 代々騎士家系の子息とかだと思ってたぜ!」


「うちは商人の家系だからな。騎士とかそういう争い事とは無縁だよ」


「もったいねえなそれ、ルーク! 騎士になれよ! 俺と一緒に悪者どもぶっ倒そうぜ!」


「一応、貴族の跡取りなんで騎士にはなれないし、そもそも住んでる国が違うだろ…」


「そんなの何とかなるって! 俺の家に頼めばそんくらい何とかなる!」


「…家? ライガの家って… まさか…?」


「…ん? なんだこの人だかり」


 話しながら歩いて行くと、目の前に人だかりが出来ているのを見つけた。

 闘技場の出口周辺だ。アイシャもここら辺で待っていると思うのだが…


「ルーク、ちょっと行ってみようぜ」


 ライガに連れられ、人だかりの方へ向かう。

 人だかりに近づき、人と人の間から中を除くと、その中心には見知らぬ男子生徒と見知った女子生徒が対面で話し合っていた。

 その中身はとても熱烈な内容だった。


「一目惚れしました! 結婚してください!」


「だから! しないって言ってるでしょ!」


「お願いです! その圧倒的な美貌を隣でずっと見ていたいのです!」


「いやよ! 私は今、人を待ってるの!  だからどっか行って!」


 熱烈な告白に対し、アイシャは過激的に振っていた。

 この人だかりの中で堂々と熱烈な告白をしている男子生徒はその立ち振る舞いだけでも高貴な地位の子息という事が分かる。告白のセリフ以外。

 他の生徒より高価な装飾をより多く付けた制服を身にまとい、整えられた錆色の髪にまだ幼さが残るものの端正な顔立ちをしている。美少年と表現するのが的確だろうか。

 遠くから見ているのでハッキリとは言えないのだが、どことなく俺と似ているような…?


「あれはテンス殿下! 何故こんな所に…?」


 隣のライガが中心にいる男子生徒を見て呟いた。

 殿下、という事はあの告白してる男子生徒はこの国の王子、テンス・シーラーン・アウスシャス殿下ということか。

 なるほど、それでアイシャも対応に困っているのか。

 相手がそこら辺の貴族のボンボンが相手ならガン無視か適当に魔術打って追い払っているだろう。


「もう僕にはあなた以外の女性を女性と見れない! 僕にはもうあなたしかいないんです!」


「会ったばかりで何意味わかんないこと言ってるのよ!」


「どうしてもダメでしょうか!」


「ダメに決まってるでしょ!? そもそも一国の皇女と王子がこんなところで婚約なんてしていいわけないでしょ! ちゃんと手順を踏みなさいよ!」


「分かりました。直ぐに父上に報告して結婚の準備を!!」


「だから初対面で結婚はしないって言ってるでしょうが…! 人の話を聞きなさいよ…!」


 まずい… アイシャが怒りに身を震わせている。そろそろ我慢の限界だ。

 だが、遠くから見ている俺でも気づくのに、対面に立っている王子はまるで気づいていないようだ。

 全く引かずに攻めていく。


「ならば! 今月末に僕の誕生日パーティがございます! そこで僕と踊っていただけないでしょうか!?」


「…は?」


「初対面だからとそう貴方は仰った。ならばこれから共に時間を過ごし、仲を深めて行きましょう!」


「あーもう…」


 まるで挫けない…と言うよりも話を聞かないテンス殿下にアイシャは頭を抑え、大きく溜息を吐く。

 見てて少し同情を覚えてしまう。

 ふと、目が合った。アイシャがこちらを見つけたようだ。

 王子を突き放し、こちらに来るかと思った。

 だが、その予想は外れる。

 アイシャはただ黙ってじっと俺を見ている。まるで何かを求めているかのようにただ俺を遠くから見つめる。

 …もしかして止めに入ってきて欲しいのだろうか? この人だかりの中に入って俺に王子を追っ払って欲しいのだろうか…?

 アイシャらしくないが、それ以外に見られている理由を思いつかない。

 俺はきっと、人だかりを分けてアイシャの元へ現れ暴力的問題に発展しないように抑えつつスマートに追い払うのがアイシャに取っての理想なのだろう。

 だが、それは俺にとって正解では無い。

 アイシャに纏わりついている相手がそこら辺の貴族ならまだ手の出しようがあった。

 だが、今回は王子だ。止めに入って王子が俺を訴えたら、俺の命は両国の関係のために賠償に使われるだろう。

 もちろん、この国を出ればそのデメリットは無効になる。だが、そこまでしなければならないメリットがない。

 まだ果たさなければならない目的が残っているのだ。それを捨ててまでアイシャを助けに行く必要はない。


「…いいわよ、誕生日パーティ… 一緒に踊ってあげる」


「本当ですか!! ありがとうございます!!」


 アイシャはあまりの猛攻に折れ、王子とのダンスを承諾した。その声に先程までの覇気はなかった。

 それとは逆に王子は大きな声を更に張り上げ、喜びを露わにする。

 やがて、王子は一方的に喋った後、大手を振って帰城用の馬車に乗り込んで行った。

 王子が去り、人だかりが徐々に散る中、再びアイシャと目が合う。

 だが、今回はすぐに振り向き、そのまま一瞥もくれずに自分の寮へ1人で帰って行った。


「うへぇ… すげぇ場面に出くわしちまったな」


 隣のライガが詰まっていた息を吐くように嘆く。

 熱血系にはこういう場面はやはり他の人よりも免疫が無さそうだ。


「あっ、そういやルーク待ち合わせしてるっつってたよな。早く行った方がいいぜ」


「…いや、もうそれはなくなったようだ。ライガ、一緒に寮に戻らないか?」


「お、おう… そりゃあいいけどよ…」


 せっかく皇女との下校が無くなったのだ。

 ライガの家も気になるし、この機会を生かし、情報収集に徹するとしよう。

 俺とライガは共に質問しながらゆっくりと男子寮へ戻った。

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