第二章『シーラーアウス王国偏』
1.ライガ・イクスオルファ
馬車に揺られ、流れる景色を眺める。
天気は快晴、暖かい日差しと穏やかな風が肌を撫でる。
静かな草原の道に馬の足音と車輪が奏でる穏やかな演奏も心地よい。
落ち着く。心が休まるとてもいい旅だ。
隣に馬車酔いしている皇女様がいなければ…
「う〜ん…」
最初からこうだった訳では無い。
乗っていた馬車は別々だった。
10人程度乗れる大きめの馬車に俺は乗り、アイシャは皇族ということもあり彼女専用の馬車に乗っていた。
だが、アイシャが酔いを訴え治癒魔術を使える俺を同席させたのだ。
そして、窓際に寄りかかり景色を眺めつつ治癒魔術を放つ俺と、その横で仰向けになり腕を頭に乗せ治癒魔術を受けるアイシャの構図が出来ていた。
「酔いは一度吐いてしまえば収まると言いますし、一旦馬車を止めてどこかで吐いてくればよろしいのでは?」
「嫌よ、このまっさらな草原で大勢の同級生が乗ってる馬車の横で吐くなんて拷問と同じゃない」
「では、俺は一旦降りるのでこの馬車で袋か何かに吐いてしまえば…」
「却下、今あなたを降ろしたら馬車で吐いてるんだなと思って、あなたの中で私はゲロ女って印象が残るでしょ」
「そんな事思いませんよ…」
「そもそも皇女が馬車酔いで嘔吐するなんて許されないの、もしするとしても魔術で全員気絶させてからするわ」
「えぇ…」
凄まじく暴力的な思想だ。
俺と会う前は静かでお淑やか、それでいて凛としたまさに理想の子女と謳われていたのだが。
いやそもそもこれが彼女の本性なんだろうか?
「んん…」
アイシャが寝返りを打つ。
透き通った声で喘ぎ、華奢な身体をくねらせ、絹のような美しい長髪を揺らす。その仕草からほのかな色気を漂わせる。
基本、性欲まみれの思春期男児を前になんて無防備な…
俺は青ざめた美顔から外の流れる自然の景色へ目を移し、思考を止めた。
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編入して1年が過ぎた。
本来なら俺はもう既にこの国を去っている。この学園に来た2つの目的は達成し終えていたはずだったのだ。
だが予想外の出来事が起こり、目的は1つしかクリアできなかった。
もう1つをクリアするために学園に残っているが中々に機会が回ってこずここまで来ている。
今乗っているこの馬車は隣国シーラーアウス王国に向かっている。
学園行事の1つ、隣国交流遠征と言うものだ。
毎年恒例で貴族学園2学年がシーラーアウス王国の学園で共に暮らす行事だ。
他国の学生と同じ場で同じ知を学び将来を見据え国同士が良好な関係を築けるよう将来を担う子供達に交友と経験を積ませるのが目的だ。
期間は1ヶ月。費用などは両国で負担し合い平等を保っている。
過去に小さないざこざは多少起きているが、大きな問題には発展していない。国同士を鑑みればとても良い行事だろう。
だが、俺には不都合そのものだ。シーラーアウス王国に用はない。あるのは皇帝か第2皇女だ。それも今回の遠征では利用出来そうな行事は何もない。
これから無意味な時間を過ごす事を考えると憂鬱だった。
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「ルークさーん! こっち向いて〜!!」
「頑張って〜! ルークさーん!」
闘技場に黄色い歓声が響き渡る。
剣術指南の時間で男子生徒が闘技場に集まり稽古している。それを女子生徒が見学している状況だ。
シーラーアウス王国の学園は少し違っていて、男子生徒のみ放課後に剣術指南訓練の時間を設けている。そして女子生徒は自由見学が許されている。
今は王国の学園同学年と2人1組を組み、仮試合をしている。帝国側の方が人数が多いので余った帝国生徒の相手用に王国の先輩が駆り出されている。
なので今回は奇数郡数関係なく、前回みたいに教員と…なんて惨めな事は起きない。
そもそも王国の学園では妾子にあまり偏見がないらしい。女子生徒の声援が良い証拠だ。なので数合わせがなくとも余る可能性は低いだろう。
「ケッ… 女にもてはやされていい気になってんじゃねえ!!」
組んでいる王国学園生徒が嫉妬を怒りに変え、勢い良く突っ込んでくる。
俺はその大振りな訓練用木剣を、軽く弾き軌道を逸らして紙一重で躱し、その首筋に剣を寸止めする。
「クッ…」
「私の勝ちですね」
黄色い歓声が響き渡る。
本来なら心地よいはずなのだろう… だが俺はその心地良さを感じない。
そんな物に興味などないから、感情がないからとかそんな理由を並べれば格好が付くのだが残念ながら違う。
どこからともなく注がれる殺気に限りなく近い冷たい視線が背筋を凍らせているからだ。
剣術指南が終わった後を考えるとゾッとする…
「交代の時間だ、ペアを入れ替えろ」
他の生徒達も仮試合が終わりペアが入れ替えられる。
辺りを見渡し、先程のペアのように嫉妬に駆られ子供みたいに剣を振り回す奴はもう懲り懲りだ。
もう少し大人びた生徒がいないか探してみる。
すると、1人の男子生徒に話しかけられた。
「お前強いな! 俺とやろうぜ!」
その生徒は燃えるような赤い髪に真っ直ぐな瞳、整った歯を剥き出し満面の笑みで笑う。体格は俺よりも背が高くそしてなりより太い。子供とは思えぬ見事な筋肉だ。完全なる熱血系、苦手なタイプだ。
「はい、いいですよ。私はルーク・ディーゼルと言います。どうぞお手柔らかに」
「おう! 俺はライガ・イクスオルファだ! よろしく頼むぜ!」
気持ちの良い元気な挨拶を返される。
出会って間もないのに既に心がダルいと訴えている。
次のペアまで適当に流しながら戦うか…
「全員組んだようだな! では再開する。始めっ!!」
教師が試合開始の合図を言い放った直後、ライガは迷いなく真っ直ぐに突っ込んでくる。
ただそのスピードは俺よりも数段上だ。一瞬で間合いを詰められる。
俺はそのスピードに驚き、身体が硬直する。その隙を見逃すまいと速度重視の刺突が放たれた。
それに対し身体を捻り、体勢を崩しつつも間一髪で躱す。だが、それを予期してたのだろう。ライガは身体を回転させ追撃のなぎ払いを繰り出す。
体勢を崩した俺は剣で受ける以外に選択肢はなかった。
身体を回転させて繰り出したそのなぎ払いには勢いと力が込められており、体勢を崩していた俺は踏ん張れずに吹き飛ばされた。
空中で身体を後転させ、なんとか無様に地に倒れることなく着地を成功させる。
「やっぱ強いなお前! 他の奴なら今ので終わってたのによ!」
「ぶっ飛ばされた後に言われても嫌味にしか聞こえませんね…」
「ハハッ! そんなつもりはこれっぽっちもねぇよ! よっしゃ! 次はもっと強く行くぜ!」
全力じゃなかったのかよ…
額に冷や汗が垂れるのを感じる。
俺は息を整え、そして全神経を集中させた。
ライガは再び真っ直ぐに間合いを詰めてくる。
そして今度は上段から振り下ろしを繰り出した。
俺はそれを剣で受け止める。だが、それでは受けた衝撃で身体を動かせず追撃を防げない。
ならばどうするか。答えは簡単だ。
俺は剣を傾け衝撃を
「なにっ!」
ライガの剣が滑ったかのように受け流され、その剣は地を叩く。
俺はすぐさまライガに追撃のなぎ払いを放つ。
入った、そう思った瞬間だった。
ライガは圧倒的な反射速度と身のこなしで即座に伏せた。
俺のなぎ払いが空を切る。そして直後に下から切り上げが飛んでくる。
俺は後方に飛び、切り上げを顎に掠めるか掠めないかのギリギリで躱した。
一旦距離が開き、試合に僅かに間ができる。
「やるなお前! 師匠の次に強いよお前!」
「ライガさんも中々の使い手で」
「あぁ、タメで良いぜ! 俺は硬っ苦しいのは嫌いなんだ。それによ、俺とお前の仲なんだ。そんなもん必要ねぇだろ!」
さっき会ったばっかりの初対面だろうが…
心の中でツッコミしつつ、また突っ込んでくるであろうライガに対し、構える。
剣術指南で生徒達が件を振るう中、一際苛烈且つ華麗な試合が展開される。
いつの間にか黄色い歓声は止み、女子生徒達は試合を見入っていた。周りを見れば男子生徒も剣を振るうのを止め、俺たちの試合を見入ってるやつがチラホラといる。
ただ、俺たちの試合を見てる観客の中で背筋を凍りつかせていた視線の主だけは、少しだけ微笑んでいた。
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