18.嫌われ者
「…自分の無力を呪いながら逝くのはあなたの方ですよ、先生」
業火が舞う研究室の中、殺したはずの少年の声が聞こえた。
無数の肉片と化したはずだった。ジルバフは戦慄し、声の方へ振り向いた。
そして驚愕した。
立っていたのだ。
焼き殺したはずの少年が、その火傷ひとつない肌を覗かせて。
「バカな…!?」
ジルバフは先程までの醜い笑みが焦燥に変わる。
それとは反対にに少年が今度は醜い笑みを現す。
「…本当は洞窟で待ち伏せするつもりだったんですよ」
「ッ!! もう一度殺してやる!! ボルケイノ!!」
ジルバフの掌から再度凄まじい爆発が放たれる。
それは少年を飲み込み体を散らばした。
だがーー少年の体は一瞬で復元された。
「なっ!? 何故だ!!? 何故死なない!!」
ジルバフは動揺し、そして恐怖に支配される。
目の前の少年の形をした
その異形は歩を進めてきた。
ゆっくりと邪悪な笑みを崩さずに。
「お前は洞窟でアイシャを回収しに来る。遺体回収用の洞窟なら騎士団に認知されている場所は選ばないだろう。ならば隠蔽は容易だ。」
近づいてくる
自らの目的を吐露しながら。
「ヒッ!! 来るな!! 来るなぁああああ!!!」
ジルバフは持つ全ての魔術を少年にぶつけていく。
氷の刃、雷の矢、風の槍、岩の斧。
それら全てが少年の体を壊していく。
だが、少年の体は何事も無かったかのように全てを治していく。
「本当にくだらなかった。関係を断とうと思えばいくらでもやりようはあった皇女の相手をさせられ、洞窟まで助けに飛び降りた。泣き出す皇女の面倒を見たり1人で倒せる魔物をわざわざ協力して戦ったり…何から何まで全てがくだらない」
やがて少年の形をした
ゆっくりゆっくりジルバフに向けて手を伸ばす。
「
青磁色の結界がその手の行く先を阻む。
追い詰められたジルバフはこの結界の中でその向こう側にいる異形からどう逃げるかに自分の培ってきた学を全て使い考える。
だが、それも徒労に終わる。
結界に手が触れた瞬間、そこから亀裂が入った。
「なっ…!! 私の… 清閑圜土が…!!」
「ぬるま湯のようなくだらない日常を過ごしてきたのも人間のクソ皇女を助けたのも全てーーお前のためだよ」
亀裂がジルバフを守る結界全体に広がり、砕け散った。
その手はなんの迷いも躊躇いもなくジルバフの首へ伸びる。
「ぐっ… くっ……」
首を閉められ藻掻くジルバフ。
己の首を掴む手を必死に引き剥がそうとする。
だが、初老の教師の力をねじ伏せる圧倒的な力が込められており、その手を引き剥がすことはできない。
「学園の外でお前の存在を知った、調べた、欲しかった。その力の全てを… この国に来たのも学園に入ったのも皇女を助けたのも全てーーお前を殺すためだよ、ジルバフ」
ジルバフは薄れ行く意識の中でその異形の目を垣間見る。
その目には幼い子の瞳のような無邪気さと、欲に塗れ歪み切った邪悪さが同居しているかのような凄惨な目だった。
「なんなんだ… おま… えは… いったい…… なんなんだ……」
ジルバフは朦朧とした意識の中で最後の言葉を口にする。
問いに対し歪んだ邪悪な笑みで、少年のような無邪気な声で返した。
「…ただの嫌われ者の化け物だよ」
業火が舞う研究室に男の首の骨が折れる音が鳴った。
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