17.化け物
騒動から数日が経った。
未だに真相は解明されては無い。
学園ではあれやこれやと生徒たちが想像でものを語り合っている。
聞こえる限りではHグループ引率のブルクスが陰謀していたとの声が多い。
当人のブルクスは責任を追及され、城へ連行軟禁されている。
ブルクスは元冒険者だ。
他の引率者よりも数段、魔物との戦闘には慣れている。
だからこそ皇女もそのグループになったのだ。
そのブルクスで結果がこれなら他のグループでは全滅濃厚だったろうに。
それでも、だからこそだろうか、ブルクスは糾弾されている。
戦闘面では彼の右に出る者はいない。彼が失敗することは許されない。その事実がより責任を重くするのだろう。
まぁ何を言おうと犯人が見つからない以上、非難の受け皿は必要なのだ。
俺はある男に会いに研究棟の地下にある個人研究室へ向かっている。
学園とは違い質素な作りだが有事の際に備えてか頑丈に作られている。
通気性などは全く考えられて無さそうだ。外は暑かった程なのだがここは少し肌寒い。
目的の研究室に着き、その重い扉をノックする。
「失礼します、ジルバフ先生」
「ディーゼル君か、入りなさい」
重い扉を押し、開ける。
中は厚い本で埋まっている本棚で四方の壁を覆い尽くしている。
そしてテーブルの上にはスクロールやペンに物差しなど魔術関連で埋め尽くされている。
まさに研究室のイメージそのものと言っていい。
「こんにちはジルバフ先生。すみません、急に時間を作ってもらって」
「気にする事はない。君は騒動の当事者だ。直接話を聞きたいと思っていたところだ。まぁ話も長くなりそうだし適当に掛けてくれ」
「ありがとうございます。」
中央にある来客用のソファに腰をかける。
ジルバフは先に沸かしといた湯で2人分の紅茶を入れた。
「災難だったな。ミノタウロスに襲われるなど」
「そうですね。本当に死ぬかと思いました」
「それで話とは? 何か気づいた事でもあるのか」
「はい、順を追って話しますね」
俺は爽やかな笑顔で明るくはっきりとした口調で説明していく。
「まず最初に不思議に思ったのはアイシャ様との関係が露見したことです」
「…? それが演習と何か関係があるのか?」
「はい、関節的には関係ありますね」
ジルバフは頭を捻っている。
予想外なところから始まり困惑しているようだ。
「アイシャ様との関係は周りにバレてしまえばめんどくさい事になる。だから警戒してたんですよ。いつ何時も」
「警戒とは?」
「人の気配や視線です。もし誰かきてもすぐに対処できるように」
「ほぅ…いち学生がそんな暗殺者のような真似をできるとは」
「環境のおかげです」
ジルバフは目を軽く見開き驚きを見せる。
俺は賞賛を受け止め話を戻す。
「しかし警戒していたにも関わらず関係は露呈した。どこから情報が漏れたのか不思議でした」
「それは残念だったな。誰かが通りがかった時に目撃され、それをルーク君が見逃してしまったのだろう」
「いえ、それはありません。学園に来てからは生ぬるい環境でしたがそんなミスをするほど訛ってはいません」
「ほう…ではどう考えているのかね?」
「考えられるのは遠くから除き見られた、それくらいですね」
「フフッ…豊かな想像力だ。だが人が全く来ない図書棟を覗こうとするもの好きはいないだろう」
「はい、図書棟を覗こうとするもの好きはいないでしょう… しかしアイシャを覗こうとするもの好きはいるのではないでしょうか?」
空気が重く冷たくなる。
先程までその鋭い目付きとは相反する優しい笑顔を保っていたジルバフの様相は、鋭い目付きに相応しい険悪な様相に変わっていた。
「彼女は最初から狙われていた。それこそ俺が編入するずっと前から」
「……」
「そして図書棟で彼女を覗いていた時、俺との繋がりを知った。その繋がりを利用出来ると判断し取り込もうと謀った」
茶が冷める。
ジルバフは時折茶をすすりつつ話を聞いていたが今は何も手をつけずに鋭い眼光をこちらに向けている。
「しかし失敗した。断られた。取り込み彼女を罠へ誘導する作戦を考えていたが実現はできなかった。だから次の計画を企てた」
俺は淡々とした口調で説明していく。
ジルバフはもう相槌さえ発さなくなっていた。
「彼女をHグループへ、そしてその引率を自分以外に設定した。自分が疑われる事がないように」
気づけばジルバフは俯いている。
視線すら合わせなくなっていた。
「そしてミノタウロスを操り襲撃させ、彼女を土系統魔術で作った落とし穴へ殴り飛ばし、そして洞窟に落とした」
徐々に…徐々に…空気が冷たくなっていく。
その中で淡々と推理を披露していく。
「落下地点付近に魔物がいなかったのも追撃や崩落がなかったのも彼女の遺体をなるべく状態を良くして回収したかったから」
ジルバフの様相は伺えない。
ただ先程までとは別物になっているのを察する。
「ただ誤算があった。俺が彼女を助けてしまった。彼女が死ななかった。だからこそ出口にミノタウロスを向かわせた。今度こそ確実に殺すために… ーーこれで
ジルバフは何も言わずに立ち上がり、こちらに背を向け歩き出した。
「…よくできた推理だ。試験ならば満点を上げたい程だ。だが証拠はあるのかね? ディーゼル君」
少年は押し黙る。それを見てジルバフは強気に出る。
「証拠がなければそれはただの妄想だ」
何も言わない少年に、好機と見るや強気な口調で語り出した。
「君は貴族に拾って貰っただけの薄汚い下界の子の分際で、自分の勝手な妄想で侯爵家であり学園トップの権力を持つ私を陥れようとしたのだ。これは由々しき事態だ。退学だけでは済まないだろう。覚悟しておきなさい」
ジルバフは勇者の仲間候補であるこの少年をどうやって追い出すかで頭の中が埋まる。
だがそれは少年の一言で消し去られた。
「証拠ならありますよ」
「…なに?」
ジルバフは目を見開き、少年を睨みつける。
「ミノタウロスの角に付けられていた鉄輪に小さな魔法陣が刻まれていました。鉄輪は隷属の首輪と同系列のものでしょう。そしてその魔法陣は ーーアイシャ様のカバンの奥底にも小さく刻まれていました。」
ジルバフの息を飲む音が空間に走る。
「カバンの魔法陣は監視系魔術のためのものでしょうか? もしそうならこの研究室を調べれば同じ魔法陣が出てくるのでは?
「……」
「学年を統率しているあなたなら彼女に魔法陣を刻んだカバンを支給することも、今回の演習のグループ分けを操作することも可能ですよね。俺がHグループに配属されたのも俺の治癒魔術目当てか、それとも提案を断った腹いせでしょうか? ただ… ーーそれが仇となりましたね。先生」
ジルバフは天井を見上げ、観念したかのように覇気のない声で問う。
「…それを私に話してどうするつもりだったのかな? 騎士団にそのまま伝えれば良かっただろうに」
少年は問いに対し、真っ直ぐな眼差しをジルバフに向け答えた。
「…俺はあの時の先生の言葉を忘れません。今も胸に残っています。先生が本当に悪い人なんて俺には信じられない。だから…自首してください、先生」
「……フフフッ …ハハハハハハハ!!」
少年の答えに、高笑いで返した。
そしてジルバフの様子が急変した。
「素晴らしい! 素晴らしいよ! ルーク君!」
初老の教師がその格好に似つかわない高揚した口調で語り出す。
「私は昔ね、十傑の1人だったんだ。純粋な魔術師としては誰にも負けなかった。あの男が来るまでは!」
突如、荒々しい口調になり叫ぶように激情を吐いた。
「あいつは私を追い抜いた。それだけでは無い!入団して半年で騎士団長の座まで登り詰めた! 栄光も名誉も全てをやつは手にしたのだ!」
叫ぶ男のその目は血走り、狂ったように興奮しながら過去を続けた。
「私はやつに全てを奪われた。魔術師として追い抜かれ下位互換と後ろ指を指され私がどれほど苦悩したか分かるまい! 私は勝たなければならないのだ! 奪い返さなければならないのだ! 私はあの男に! 神などと呼称されるあの男に! どんな手を使ってでも!」
ジルバフは少年を射抜くように睨みつけ、言い放った。
「そのために彼女の骸が必要なのだ! あの化け物のな!!」
「彼女が化け物…ですか」
少年は化け物という言葉に反応し、ジルバフを睨み返す。
少年のその目を見て、ジルバフは気味の悪い笑みを浮かべた。
「君も感じただろう! あの歳で並大抵の魔術師を凌駕する魔力量を! 姉を天才と呼ぶならあの子は化け物だ! あの魔力を手に入れられたら私はあの男にきっと、いや必ず勝てる! そして十傑の団長になり数多の騎士達を率いるのだ!こんな小便クセェガキ共じゃなくてなぁ!!」
「…くだらないですね」
少年は一言、冷めた口調で感想を言う。
それに対し、ジルバフの形相は歪む。
「君には分かるまい。全てを奪われたものでないとこの復讐心は理解できない!」
ジルバフは反発する。
少年の一言に心からの怒りを覚えたからだ。
「くだらない話を最後まで聞いてくれてありがとう! 君にはここで死んでもらうことにするよ!」
ジルバフは口封じのため少年を殺すことを宣言する。
少年は飛びぞり臨戦態勢を取った。
「無駄だ! いくら地下とはいえここは研究棟だ! 争えばその騒ぎを聞いて必ず誰かがここへやってくる!」
そうここは無人の建物の地下ではない。
上には大なり小なり様々な研究施設がある。
地下で戦闘が起きれば誰かが必ずここへ来る。
だが… ジルバフはその指摘に余裕の笑みで答えた。
「ククク… 悪いがここには誰も来ないさ…」
ジルバフは不気味な笑みを更に歪め唱えた。
ーー
一瞬で研究室の壁も床も天井も半透明の青磁色の結界で覆われた。
「なっ!?…これは…!」
「私の最高傑作だよ! 発動に時間は掛かるが広範囲を覆う結界だ! 空気も音も振動も通さない完全なる密室を作り上げるのさ!」
「ちっ!!」
すぐさま隠していた刃を抜き、ジルバフに襲いかかる。
だがその刃は阻まれ砕け散った。
「無駄だ!
砕け散った刃を捨て、後ろに飛び一旦距離をとる。
その顔は焦燥に駆られていた。
「ククク… その様子だともう打つ手なしかな」
「では、もう終わりにしよう」
ジルバフは掌を突き出し、魔力を集中させる。
その掌に圧倒的な魔力を圧縮された火球が出来上がっていく。
「それは… アイシャの…!」
「フフ… これは素晴らしい魔術だよ。発動にかかる時間と近距離限定ではあるがそのデメリットを差し引いても有り余る火力を誇る… まさに私の魔術に相応しい」
「さよならだディーゼル君… 己の愚行と無力を呪いながら逝くといい」
火球が閃光を放ち爆ぜた。
凄まじい爆発音が研究室を震わせた。
喰らった少年の体は…血と肉片となり四散した。
研究室にあった物が凄烈な爆炎に吹き飛ばさ!燃え始める。
木、紙、皮、インク、そして肉… 様々な物が燃え、入り交じった焦げた臭いが鼻腔を刺す。
ジルバフは焼死体を虚無な眼で見つめ、そして背を向ける。
「さて… 誰に告げ口しているかも分からない以上すぐにこの国を立ち去らなくては」
清閑圜土で予め囲ってあった荷物を取り出し、この国を発つため荷支度をする。
…そのはずだった。
「自分の無力を呪いながら逝くのはあなたの方ですよ、先生」
焼かれ消し飛ばしたはずの声が燃え盛る研究室の中、鮮明に聞こえジルバフはーー戦慄した。
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