16.ミネルバ・ルヴィアス
「アイシャさまあぁぁあぁぁぁ!!!」
ミノタウロスとの戦闘を終え、ようやく月夜に相応しい静寂を取り戻しつつあった森に汚い高音が響いた。
「よくぞ…よくぞご無事でええぇぇええええ!!!」
救助隊が森に到着したかと思いきや、統率しているリーダーがほかのメンバーを待機させ、そしてこちらに猛ダッシュしてきた。
高い身長を持ち高貴な鎧に身を包んだ女騎士がアイシャを抱き締める。
「遅くなってしまい申し訳ございません"ん"ん"ん"ん"!!!」
「分かったから! 分かったから離れて! 暑苦しい!」
「ほんどうにずびばぜん"ん"ん"ん"ん"!!!」
「ああもう! いいから離れて! 泣きつかないで! ちょっ鼻水付くでしょ! いいから離れなさい!!」
この女騎士は銀髪ストレートロングでつり目に整った顔立ち、まさに知的美人というイメージがぴったりだった。
最初に見た時は…
今は妹の無事を喜ぶ姉のようだった。
感動する場面なんだろうが、最初のイメージとギャップがあり過ぎて見てて気持ち悪い。
気持ち悪いがそれで引き気味の顔を見られたら、反感を買うだろうから必死に無表情を保っている。
いや、貰い泣きしている演技をした方がいいだろうか…?
「うぅ… ひっく… 取り乱してしまい申し訳ございません。アイシャ様」
「はぁ… 全くよ」
「ここまでさぞや過酷だったでしょう。すぐ私の治癒魔術で治して差し上げますから!」
「大丈夫よ、ルークが治してくれたから」
「ルーク?」
唐突にこちらに意識を向けられた。
女騎士はこちらを見ると、姿勢を正し先程までの奇行が嘘のような立ち振る舞いをしてきた。
「挨拶が遅れて済まない。私はミネルバ・ルヴィアス 皇族直属近衛騎士''十傑''の一人だ」
「これはこれは、帝国最高位騎士団十傑の方でしたか。お初にお目にかかります。ルーク・ディーゼルと申します」
十傑… 帝国が誇る最強の騎士団だ。
当然、全団員の情報は頭に入れてある。
ミネルバ・ルヴィアス。ルヴィアス侯爵家の次女にして帝国最高位の騎士団である十傑に最年少で入団した天才騎士だ。
「話は聞いている。アイシャ様を助けるために後を追って穴に飛び降りたと」
ミネルバは跪き、頭を深く下げた。
「アイシャ様を助けてくれてありがとう。心の底から感謝する」
「……!」
素直に驚いた。
侯爵は貴族位でで番目に高い位だ。
その次女で最高位騎士団の十傑様から見れば、男爵家の妾の子などゴミ同然だろう。
とても礼儀正しい性格とも捉えられるが、今までのやり取りを見てるとそれでは僅かに違和感が残る。
「そして提案がある。今回の件、ミノタウロスはアイシャ様が倒し、君はアイシャ様に助けられたことにして貰えないだろうか?」
なるほど、この態度は礼儀正しさというよりも忠義心から来ているのだろう。
口調や目付きに下を見下す者に特有の圧がある。
「皇勢は今、第1皇子と第2皇女の帝位争い真っ只中だ。第3皇女のアイシャ様は参戦すら出来ていない」
ミネルバは立ち上がり、その威圧的な目を向けてきた。
その目には揺るぎない意志の炎を覗かせる。
「私はアイシャ様こそ帝位を引き継ぐべきお人だと思っている。そのためにも今は少しでも功績が欲しいのだ」
第1皇子と第2皇女は成人している。
それに比べアイシャはまだ未成年でしかも学生だ。
学生が功績と呼べるほどに国に貢献することなど不可能に近い。
妾子だろうが貴族を助けたとあれば、皇族としてその身を大切にしろという叱責はあるだろうが、彼女自身の評価は上がるだろう。
「もちろん君にも利がある。皇女を助けたなどと噂立てば君の今後の学園生活にも影響が出る」
良いとこを突く。
それは俺も懸念していた。
ただでさえ風当たりが強いのに褒賞なんてされたら更に強くなるだろう。
俺が学園に通えているのはディーゼル家からの長男への当てつけとして利用価値があるからだ。
これ以上波風立てば、それも危うくなってくる。
「そして、君は次男でしかも妾の子と聞く。自分の将来を不安に思う事も多いだろう。
しかしここで提案を飲んでくれたら私が君の将来を約束しよう。決して悪いものにはしない。私の騎士道に誓う。どうだ?」
「…分かりました。その提案を飲みましょう」
俺の将来は学園が既に決めている。
この女騎士がそれをどうこうできる事はないだろう。
つまり、ミネルバが述べた俺への利は意味を成さないことになる。
だがそれでいい。それこそが狙いなのだから。
皇族を助けそれを表沙汰にしない。
助けた恩を伏せる事でその恩は弱みに届かずとも引けを取らない効力を発揮する。
そして差し出した利すらも時が経てば意味がなかった事を知るだろう。
第1皇子はともかく人望厚い第2皇女なら受けた恩を無下にはしないはずだ。
「よし、では陛下にはそう報告する。いいか? くれぐれも口外するなよ? 口外した瞬間お前の将来はこの国にはないものと思え」
女騎士は後で難癖つけて約束を保護にできるよう言い回している。
まぁこの女騎士が約束を守ろうが守らなかろうが陛下にどう報告しようが関係ない。
俺の狙いは皇帝陛下ではない。第2皇女に近づくことだ。
時が経てば、第2皇女はこの騒動の事実を必ず知ることになる。
その時、学園に来て積み上げてきたものが意味を成す。
これで第1計画は終了だ。やっと次の計画にーー
「何言ってるのよ そんなことしないわよ?」
「…へ?」
…は?
ミネルバの間の抜けた声と俺の心の声が重なる。
「皇帝はお姉様が引き継ぐべきと私は思ってるし、ミノタウロスは私とルークの2人で倒したのにそれを私だけの手柄にされるなんて嫌よ」
「し、しかしアイシャ様! 妾子などの手を借りたとなれば貴族や大臣に舐められます! アイシャ様の面子を保つためにもここはアイシャ様が助けたことにーー」
「別にいいわよそんなの、どんな目で見られようと関係ないわ」
「関係ないって…皇族に取って周りからの評価が如何に大事か分からないあなたではないでしょう!? だからこそ今まで必死に努力してきたのではないのですか!?」
「なんと言われようと考えを帰る気はないわ、それよりさっさと帰りましょう? 早くお風呂に入って寝たいの」
「んな…!」
ミネルバはわなわなとアイシャの言動に衝撃を受けている。
俺はと言うと、無意識に口が開いていた。
ここまで色々と考えて行動してきたのだが全部おしゃかになった。
何故だ…今までの彼女ならありえない選択だ。
皇族としての誇りを胸にどこまでも皇族の利益を追求していたはずだ。
「ほら、行くわよルーク」
固まっている俺の手をアイシャは引き、待機させている救助隊の面々へ連れてかれる。
意気消沈しているミネルバは完全に放置されていた。
魂が抜けてるかのように脱力している女騎士に、こいつも大変なんだろうなと同情の念が湧く。
その原因である当事者は無事に帰還できることを喜んでいるのか風呂に入れるのを喜んでいるのか分からないが上機嫌に鼻歌を歌っていた。
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