15.投げ飛ばされた少女とぶっ飛ばされた少年
凶悪な咆哮が、再び月夜に響いた。
それと同時に戦いの火蓋が切られた。
ミノタウロスは巨大な鉄の棍棒をデタラメに振り回す。
木々がなぎ倒され、岩が砕かれ、地が削れた。
派手な破壊音がそこら中から鳴る。
アイシャを背負った俺は、棍棒とその余波を躱すので精一杯だった。
「ちょっと! さっきより遅くなってるんだけど!」
「そりゃあ人1人背負って走り回ってるからな!」
「重いって言いたいわけ!?」
「そうじゃない、飛び散った細かい破片がアイシャに当たらないように多少大袈裟に避けているからだ」
ミノタウロスの視線、棍棒の間合い、周囲の地形、余波のつぶて、走り回ることで背負ったアイシャにかかる遠心力。
その全てを計算し避けきる。
学園に来る前の俺なら出来なかっただろう。
攻撃を避ける事の有用性すら見出せてはいなかったのだから。
ブルクスとの居残り授業に今は少しだけ感謝している。
「どれくらい近づけばいい?」
「限界までよ。この魔術は少しでも距離があれば威力が著しく弱まるわ。だからギリギリまで近づいて!」
「難しい注文だな全く…」
「…できない?」
アイシャが肩の上から顔を覗かせる。
その顔には言葉とは裏腹に期待に満ちた目と微笑があった。
出来ないなんて心にも思ってない事だろう。
その顔を見て煽られた事に気づいた。
なれば返答は決まっている。
「…ハッ! 舐めんな!」
足に力を込め、覚悟を決める。
全ての攻撃を避け、彼女をミノタウロスの懐まで導く。
それだけに全神経を研ぎ澄ませた。
「一気に行くぞ! しっかり捕まってろよ!!」
「ええ!」
地を蹴る。
猛り狂うミノタウロスに正面から突っ込む。
距離はまだ程遠い。
ミノタウロスはこちらの狙いを見透かすかのように動いた。
棍棒で地を抉りながら振り上げ、土埃と共に無数の木と石の破片を飛ばしてくる。
アイシャを背負い総面積が広がった今、敵の行動は遠距離攻撃として最も有効だろう。
だがーーもう慣れた。
満遍なく飛び散ってくる破片を折れた刃で、その全てを捌き、距離を詰める。
敵は振り上げた棍棒を、間合いに入った俺達に力の限り振り下ろした。
辺り一体に土煙が舞い、炸裂音が轟いた。
「グルゥゥゥ…」
ミノタウロスは土煙に視界を遮られ獲物が仕留められたか確認できない。
視野を遮る土煙を払いのけようと手を伸ばしたその時ーー土煙の中から少年が飛び出した。
急な突撃に反応出来ず、硬直する。
その隙を少年は見逃さない。
手に持った折れた刃でミノタウロスの目に突き刺した。
「ガアアアアアアァァァ!!!」
痛みに悶え、悲鳴のような雄叫びを上げるミノタウロス。
少年は目を潰したのを追認し、その場からの離脱を試みる。
だがどんなに痛みに悶えようと、野生にて培われたその本能は少年の追撃も離脱も許すことない。
赤黒く巨大なその手が、少年を鷲掴みにする。
「クッ…!」
逃れようと抵抗する少年を握りつぶさんとばかりにその手に力を込めた。
その瞬間、手の感触からミノタウロスは異変に気付く。
その背にいたはずの少女の姿がそこにはなかった。
「今だ!! アイシャ!!!」
ふと土煙が舞っていた懐を見ると、そこには杖を構えた少女の姿があった。
尋常じゃない魔力量の火球が添えられて…
「これで終わりよ!!」
ミノタウロスは死を感じ取った。
これを食らったら確実に死ぬと。
後方に飛び、回避を試みる…が、間に合うことは無かった。
火球が閃光を放ちーー爆ぜた。
「ボルケイノ!!」
夜に凄まじい爆発音が轟く。
限界まで圧縮された火球が前方に向かって爆発する。
ミノタウロスの巨躯は、固く分厚い皮膚ごと穿たれた。
「ハァ… ハァ…」
アイシャは殆どの魔力を使い尽くし息が上がっている。
実践演習が始まり、同級生の結界から攻撃魔術、洞窟に落ちてから休むことなく光球を出し続け、幾度とない魔物との戦闘、そしてミノタウロスとの最終決戦。
普通の魔術師なら洞窟の序盤で魔力を使い果たしているだろう。
「終わった…のね」
ミノタウロスは、その巨躯を吹き飛ばされ地に伏している。
その目は完全に光を失っていた。
「…ッ イテテ…」
ちなみに俺はミノタウロスに掴まれていたためにアイシャの魔術でミノタウロスと共に吹っ飛ばされていた。
「ルーク! 大丈夫!?」
アイシャが俺の近くまで駆け寄る。
「…ったく、よくもまあ吹き飛ばしてくださいましたね皇女様」
やれやれと笑みを浮かべアイシャに皮肉を言った。
その皮肉を受け取ったアイシャは心配して損したとばかりに憎らしい笑みを返した。
「…ふふっ、投げ飛ばしてくれたお礼よ」
…そう、ミノタウロスの振り下ろしを躱した後、縛った布を解きアイシャをぶん投げた。
棍棒が届く程の距離とはいえ、体格差故にこちらの魔術が届く距離ではなかった。
だからこそ、囮となるために合体を解除したんだが…まぁどんなに理屈を並べようと投げ飛ばしたのは事実だ。
「ちょっとお返しが多すぎるんじゃないですか?」
「そう? 皇女を投げ飛ばしたんだからこれくらい当然よ。むしろこれで済んでいる事に感謝するべきね」
「はぁ… へいへい仰る通りで」
ふと耳を澄ますと集団特有のざわつきが聞こえてきた。
どうやらやっと救助隊が来たようだ。
こうして俺と皇女の一夜の脱出劇は幕を閉じた。
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