14.最終決戦

 その後も魔物の襲撃は幾度か起こった。

 しかし、危機に陥ることはなく、寧ろ回数を重ねる毎に2人の連携は研ぎ澄まされていった。


 洞窟に落ちて数時間が経った頃、一筋の光を見つけた。


「見て! 出口よ!」


 差し込む月明かりを指差し、先を歩いていたアイシャが出口を見つけ走り出した。


「やった…! やったわ! これで王都に戻れる!!」


「ふぅ… なんとかなったな」


 お互いに疲弊した体を強引に奮い立たし、出口へ駆け出す。

 先に走り出したアイシャが出口へ辿り着く。

 

「さぁ! あとは来ている救助隊を探して保護してもらうだけよ!」


 振り向き脱出した喜びを分かち合おうとアイシャは笑みを浮かべる。

 その瞬間、俺は妙な地鳴りを感じ取った。


「ッ!? アイシャ!!」


「え? 何っ? キャッ!!」


 飛び出しアイシャを抱え飛び込んだ。

 そして突進してきた巨大な体躯を間一髪で躱した。


「やっぱりこのタイミングで来るよな…」


「ウソ… そんな… やっと出られたのに…」


 月夜に舞った土埃の中からそれは姿を現した。

 突っ込んできたのは、他でもない洞窟に落ちる主な要因となった牛の怪物ーーミノタウロスだった。


「そんな… こいつがここにいるってことは… ブルクス先生やみんなは… もう…」


「それを考えるのは後だ。今は目の前の敵をどうにかすることに集中しよう」


「どうにかって…!? 無茶よ! 先生と私で戦っても歯が立たなかった怪物をどうやって…!」


 ミノタウロスは振り向き、その鋭い眼光を2人に向ける。

 土埃が完全に晴れその全容を現した時、昼間には持ってはいなかったその巨大な身の丈にあった極大で歪な棍棒を持っていた。


「昼間は武器なんて持っていなかったのに!」


「敵も本気、ということか…」


 ミノタウロスは2人を見据え、他の魔物とは一線を画す圧を放っていた。

 戦闘とは無縁の者がその場にいたならば絶望を知り逃げ出すか、失神するかの2択だろう。

 まだ子供と呼べる年齢の2人が心折れずに立ち会ってること自体、賞賛されるべき事だ。

 だがこの場には賞賛も助けてくれる人も誰もいない。

 2人の少年少女と強大な怪物だけだ。


「アイシャ、俺が時間を稼ぐから逃げろ」


「!? いや!! ルークを置いて逃げるなんて!!」


「あなたは皇女だ。国に生きて帰る義務がある。それに2人一緒にいたって未来は変わらない」


「でも…」


「大丈夫、救助隊が来るまで時間を稼ぐだけだから、だから今は自分の身を第一に考えてくれ」


 ミノタウロスが獲物が逃げる雰囲気を察したのがより一層、顔が険しくなる。

 絶対に逃がさないという強い意志を露わにするかのようにその口から強大な咆哮を轟かせた。


「ッ!? 耳が!!」


 夜に染まった森の木々たちがその咆哮に身を震わせる。

 森中に響くほどの咆哮に、獲物の2人も体を強ばらせた。

 そのはずだった。


 少年がその轟音の中、飛んだ。

 向かってくる少年を潰そうと、強大な棍棒を振るった。

 が、少年は体を捻らせ寸前で躱し、その巨大な体躯をかけ登った。

 そして、飛び込みその首に刃を振るった。


 ーーーガギィン!!ーーー


「チッ!」


 だが、振るわれた首は傷一つなく振るった刃は粉々に砕け散った。


 刃を振るった少年に拳が飛んでくる。

 攻勢に転じ、隙が生まれたために避けきれず殴られ大きく吹き飛ばされる。


「ルークッ!!」


 殴られ吹き飛ばされた子供の体は、木々をへし折りながら森へ消えた。


 ミノタウロスは少年の次に叫んだ少女にその凶悪な棍棒を振りかぶった。


「ッ!? この!!」


 棍棒はとてつもない威力で振るわれたが、アイシャの結界に阻まれる。

 

「そう何度もやられはしないわ!!」


 結界を割られはしたものの、どうにか棍棒の勢いは止められた。

 だが…勢いよく振られた棍棒は地面を同時に削っていたために余波の石つぶても同時に襲いかかった。


(まずいっ! 結界を貼り直すのが間に合わない!!)


 石つぶての勢いは肉を抉りはしないものの、余裕で骨を粉砕する程度の威力を孕んでいた。

 石つぶては満遍なく広がりながら襲い来る。

 数発でも当たれば確実に戦闘続行は不可能となるだろう。


(…ここまでね)


 アイシャは諦め、目を瞑った。

 自分の最後を受け入れた。

 ここで終わる運命なんだと、そう悟った。


(せめてルークだけは助かって欲しい…な)


 最後にそう祈り、運命に体を委ねた。

 華奢な体を無慈悲な石つぶてが襲う。

 その寸前で、アイシャの体は抱きかかえられてその石つぶてから逃された。


「間一髪だったな」


 目を開けると、そこには無事を祈った少年の顔があった。

 ただ少年の目は助けた少女には目もくれずに敵だけを見ていた。

 絶望的な状況だろうと、いつだって冷徹に揺るがずに真っ直ぐ前だけを見るその目があった。

 洞窟に落ちてから、どれだけこの目に勇気を貰っただろうか…

 少年の敵だけを見るその目に、少女は目を離すことは出来なかった。


「アイシャ、大丈夫か?」


「……」


「…アイシャ、アイシャ!」


「…へっ!? な、なに!?」


「すぐに結界を貼り直してくれ。悪いがあいつはアイシャ狙いらしい」


 アイシャは緩んだ気をすぐに締め直し、結界を貼り直そうとする…が途中で止めた。


「ねぇルーク、私思いついたんだけど」


「…何を?」


「あいつをぶっ倒す方法を」


「…まじ?」


「まじ」


 アイシャは手短かつ正確に作戦を伝える。

 …いや、作戦というにはあまりにも程度が低いかもしれない。


「この魔術は結界を出せないし、貯める時間も必要だから実践向きじゃないのよね…でも」


「俺があいつの攻撃全てを防ぎ切るのはさすがに不可能だけど」


「防ぐのは無理でも躱す事はできるでしょ? つまり、私にあなた並の機動力があればいいのよね?」


「……」


 嫌な予感がした。

 背中に妙な寒気が走った。

 アイシャの少しだけイタズラな笑顔を見てそう感じた。

 その予感はすぐに当たることとなる。



______________________




「これは作戦で敵を倒して生きて帰るためには仕方のないことなんだ決して遊んでるわけでもなければそういうプレイをしているわけでもないしあぁでも傍から見ればどう見ても滑稽にしか見えないわけでそれでも背に腹は変えられないしそもそもこんな事をしなきゃ勝てない怪物を騎士団が放置したのが原因なわけでこの状況もこの行為も全てあいつらのせいでーーー」


「何ブツブツ言ってんのルーク! 敵が来るわよ!」


 少年少女は合体した。

 その姿は、戦闘態勢としてはあまりにも幼稚で滑稽でこの場に似ても似つかわしくない陳腐な絵面を醸し出していた。


 そう…少年が少女を背負い布でぐるぐる巻にして固定していた。

 少女は胸を張り敵を真っ直ぐ見ている。

 少年はこの時だけは俯いていた。

 その顔は耳まで真っ赤に染めて。


「ガアアアアアアァァァァァァ!!!」


 ミノタウロスは再び凶悪な咆哮を放つ。

 轟音が静かな月夜に響き渡る。そして、試合開始のゴングとなり、月下に牛の化け物ミノタウロスと少年少女(おんぶ状態)の対決が幕を開けた。


「さぁ行くわよルーク! ハイヨー!!」


「その掛け声はやめろぉぉ!!」

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