12.二人ともまだ

 アイシャを追いかけて穴に飛び込んだ。

 そこまでは良いものを、この先は何も考えていない。

 落ちた穴は閉ざされ、完全な暗闇の中、ただ落ちている感覚だけが残る。

 だが、穴の深さが未知な以上、1秒もたつく事に死の確率が跳ね上がるだろう。


 俺は手を伸ばし、治癒魔術を発動させる。

 だが目的は治療では無い。副産物の微細な光だ。

 柔らかく優しいが、この状況では少し心もとない光を頼りに、先に落ちたアイシャを見つける。


 幸い、壁か手の届く距離にあり、壁を蹴り加速し、アイシャを掴める事に成功する。

 残る問題は落下のみだ。もう一方の壁が見えれば斜めに往復に飛べば、ほぼ無傷で着地できるだろう。

 が、治癒魔術の淡い光ではもう一方の壁を照らせない。いや、光関係なくもう一方の壁が光が届かない程に遠くにあるのかもしれない。

 壁を視認できない以上、その着地方法を試みるのはあまりにも無謀だろう。


 だが、勢いを殺さなければ俺は潰れ、抱えたアイシャは確実に死ぬだろう。

 荒業だが、考えていたもうひとつの方法を試す。

 

 指に力と魔力を込め、壁を掴む。

 当然、落下の勢いを止められるはずはなく、掴んだ指が削れる。

 削れた指をすぐに治す。治した指で再度壁が掴む。

 掴んで削れて治して掴んで削れて治して…

 やがて勢いは死んでいき、どうにか抱えたアイシャを傷つけることなく着地できた。


 周囲に意識を向け、気配の有無を確認する。

 この事態は完全に人為的に起こされたものだ。

 落下先に魔物を配置されていてもおかしくはないだろう。 

 だが幸いなことに、周囲に気配はない。

 倒壊や追い打ち、トラップも仕掛けられてはなさそうだ。

 一先ず、安全は確保されたと見ていいだろう。


 暗澹あんたんの中、洞窟に己のため息がこだました。

 腕の中で気を失っているアイシャの、先刻での戦闘で受けたダメージを治療しながら、ノープランで飛び込んだこの事態をどうするか考えた。




________________________




 パチパチと、焚き火の音が洞窟の中で反響して聞こえる。

 その音につられ、アイシャは目を覚ました。


「あれ… ここは…?」


「おはようございます」


「なんでルークが…? わたし…」


 長期間意識を失っていたために、目覚めた後も意識が朦朧としている。

 寝惚け眼を擦りながら、徐々に覚醒していった。


「…っ! ミノタウロスは!?」


「大丈夫ですよ。今はいません」


「そう… 確か私、ミノタウロスとの戦闘中で吹き飛ばされて…」


 俺はアイシャに、これまでの経緯をゆっくりと細かく伝える。

 アイシャは動揺することなく静かに話を聞き入った。


「なるほどね… とりあえずありがとね。助けてくれて」


「いえいえ、一貴族として当たり前の事をしたまでですよ」


「…それで助けて貰っといて聞くのはちょっと心苦しいけど… 変なところ触ってないわよね?」


 自分の体を確かめながらジト目で問いかけてくる。


「別に触ってないですよ」


 表情を崩さず即答する。もたついたらあらぬ疑いをかけられるからだ。


「…そんなに即答されると、それはそれでムカつくわね」


「えぇ…」


 触ったら激怒するだろうに、何もしてなくても怒るとは…

 女心は複雑とは良く言ったものだ。

 この流れを打ち切るために、今後の方針について話を振る。


「さて、これからどうするか決めないと」


「そんなの出口を探すに決まってるでしょ?」


「救助を待つという選択肢はないので?」


「話を聞く限り、今回は人為的に、しかもかなり綿密に仕組まれてるわ。もし犯人が救助側にいたら内からの妨害を受け、救助は困難を極めるでしょ」


「なるほど… 確かにそうですね」


「私が飛行魔術を覚えてたら落ちてきた穴を登ってなんとかなるけど、まだ覚えてないのよね。よじ登る選択肢もあるけど、もし登ってる途中で襲われたら危険だし、幸い洞窟なら上に登っていけば地上に戻れるかも」


「もし地上に繋がっていなかったら?」


「その時は、地上に近い部分で私が結界付きでぶっぱなすわ。そしたらもし埋まっても爆発音で救助隊が来てくれるでしょ」


 この皇女は思っていたよりもずっと優秀だ。

 この状況下でも、冷静に考えられる精神力。

 多様な魔術を使いこなし、幅広くをカバーする対応力。

 自分のできる事を誇張することなく把握、また状況を加味して推理し、最適解を導き出す知力。

 正直、舐めていた。皇女とはいえたかが、10歳の少女だ。適当な理論を並べれば言いなりになるだろう…と。

 できれば仕方ない。


「ほら、行くわよ。互いがまだ元気な内に地上を目指さないと、水も食料もないんだから」


 アイシャはそう言い、手から光の玉をだし、辺りを照らした。

 

 何でも出来るなこいつ…

 そう思いながら、彼女の先導に着いて行った。



________________________




「ねぇ」


 警戒しながら洞窟を進んでいると、アイシャが小声で話しかけてきた。


「どうしてそんなに冷静なの?」


「どうして、と言われましても… 焦ったって意味ないですからね。それに、それはお互い様でしょう?」


「私は皇女だし、不足の事態だろうと心が乱れないように日々研鑽を積んでるの。けど、あなたは違う。貴族とは言え、14歳の男の子でしょ?」


「それはあなたもですよ。皇女とは言え14歳の女の子なんですから、無理しなくてもいいですよ」


「無理なんかしてないわよ…」


 少し間が空く。

 別に俺だけならどうとでもなる。だからこそ達観しているが、彼女はそうではない。

 本来なら泣き崩れ、その場に踞ろうとも誰も責めはしないだろう。

 だが、彼女は生きて帰れないという現実に抗いながら必死に前へ進んでいる。


「…私を襲おうとは思わないの?」


「…?」


 ふと、変な質問を投げられた。

 襲う必要性がどこにあるのか検討も付かない。


「だから、生きて帰れないかもしれないんだから、最後にせめて…って自暴自棄になっても仕方ないとは思うんだけど」


「あぁなるほど、そんな心配しなくて大丈夫ですよ。と言うより、男がみんなそんなバカという訳じゃないですよ。」


「これが他の貴族男児だったら、きっと隙を見て、襲いかかってくるだろうけど」


 …否定出来ない。

 生還できる確率が低く、手の届かない綺麗な皇女様と2人きりの閉鎖空間。

 この条件が揃えば、確かに大抵の男児はそう考えるだろうか。


「あなたで良かったわ。助けてくれたのが」


「…なら良かったです」


「お礼に1度くらいなら触らせてあげてもいいわよ?」


「……フッ」


「んなっ!! 今笑ったでしょ!!」


 思わず鼻で笑ってしまった。

 俺が無関心なのもあるが、それがなくても平均以下(俺の見立て)であろうものを触りたいなどとは思わない。


「笑ってなんかないですよ。ちょっと鼻が詰まっただけです。それよりも声を…」


「空気の澄んだ洞窟で鼻が詰まる訳ないでしょ! 嘘つくってことはやっぱりーーー」


 無駄に博識なのが厄介だ。

 まぁここら辺は当然か、勉強を教わった程なのだから。

 いやそれよりもその声量は…



 ………ッ………ッッ…………



「「!!」」


 微かな足音と気配が背中をなぞる。

 アイシャはその方向に光球を差し向けた。

 

 光は照らした。

 洞窟を埋め尽くすほどの、数多の異形な眼を。


 剣を抜き、杖を取り、2人は瞬時に臨戦態勢に入った。

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